2014年12月

即興小説  「武蔵野農業鉄道 」

☆お題:商業的な列車 必須要素:うんち 制限時間:2時間 使用30分

 意外と知られていない話だが、東京の山手線のあるターミナルから出ている大手私鉄は、その昔「農業鉄道」だった。所謂「あれ」を運搬していたのだと言う。「あれ」とは”あれ”である。
 そう人のお尻から出る黄金色の”あれ”である。
 まあ農業の肥しを運んでいたのだそうだ。そのついでに人も乗せていたという。極めて商業的な列車だと言えよう。
 だが、今や沿線はおしゃれな町並みに変わり、住んで居る住民も高額所得者ばかりだ。逆の東京の東側みたいな暗いイメージはない。
 それはそうだ、その鉄道の先々代の社長は農業鉄道だったイメージを払拭するために、東京と横浜を結んでその地域に鉄道網を敷いている会社を徹底的に参考にしたのだ。
 日本でも屈指の高級住宅地を走っているその鉄道会社を参考にしてイメージUPしたのだ。それは成功して、同じターミナルから出ている別な大手私鉄の線より差別化することに成功した。

 だが、鉄道本来の設備には余り金額を掛けなかったようだ。高架化も遅れているし、複々線化も全くだ。線路は伸ばしてみたが単線で済ましている。駅舎も古いまま。ホームも狭く増え続ける住民を運ぶには設備が心もとなくなって来ているのだ。
「社長、我が社は代々怠って来た設備投資のツケがここに来て大問題になっています、早急に駅舎の改良やホームの拡大化が求められます」
 役員会で議題に上がるのはそればかりだった。慢性化した混雑はもはや電車の増発では賄えなくなって来ていた。
「社長! 良い案があります」
 ある役員が手を上げた
「言って見給え」
 社長が指名した。役員は立ち上がって話し始めた
「行く行くはホームや駅舎の拡充が求められますが、現在の人員の輸送向上に関しては、混雑時は座席を無くしてしまえば良いのです。そうすればコストが殆んどかからずに30%の輸送人員の増強が図られます。素晴らしいと思いますが?」
「だが、座れないので苦情が出ると思うが?」
「それには定期券の割引や回数券に特典を付けるなどして通勤客の利便を測ります」
「そんなので上手く行くかね?」
「勿論、空いてる時間帯は元の席に戻します」
「そうか、でも私は心配だよ」
「社長、良く考えて見て下さい。我が社は運んでいるものが、“そのもの”からそれを作る者を運ぶのに変わっただけですから」

 了

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

必須要素に参りましたw 出来が……

氷菓二次創作  「千反田邸にて」 前編

「千反田邸にて」 前編

 大晦日の昼下がり。俺は千反田の家で過ごしていた。約束だったとは言え、まさか朝から車で親父さんの鉄吾さん直々に迎えに来るとは思ってもみなかった。
「お早うございます! 折木さん。わたし我慢出来ずにお迎えに来ちゃいました」
 長い髪を綺麗に輝かせた千反田は笑顔を俺に見せてくれた。その後ろには親父さんがこれもにこにこしながら立っている。
「おはよう! 折木君。早いとは思ったのだが、えるが聞かなくてね。それに、わたしも君にどうしても教えてあげたいことがあってね」
 親父さんの『どうしても教えてあげたいこと』とは一体何なのだろうか? 俺は気になりながらも迎えの車に乗り込んだ。千反田が助手席から俺の隣の後席に移って来た。
「クリスマス以来ですね。ここ数日用が重なって電話も出来ませんでした」
 千反田は狭い車内ということもあり俺に体を預けて来る。デニムのワンピースに薄緑のカーデガンが普段の千反田を現していた。明日は着物姿になるのだろう。そういえば髪型はどうするのだろう。
「今日は美容院にも行かなくてはなりません。少しでも一緒にいられる時間が欲しかったのです」
 恐らく千反田は先日の電話の時からずっと待っていたのではないかと思うとその気持がいじらしかった。思い切り抱きしめてやりたかったが、運転席にいる親父さんのことを思うとそう言う訳にも行かなかった。見えないようにそっと手を握った。
「……」
 千反田が何も言わず目を閉じた……

 千反田邸に到着すると、既に正月の飾りが済ませてあり見事な門松が立っている。御飾りも見事なものが飾ってある。町会の印刷しただけのものの我が家とは大違いだ。
 家に上がらせて貰うと千反田が手招きをする。何事かと思い後を歩いて行くと、俄に化粧の匂いが鼻をついた。招かれた部屋には二枚の着物が掛けられていた。
「明日着ようと思う着物です。どちらが良いか折木さんに選んで戴きたくて……選んで欲しいのです」
 なるほど、俺が選んでも良いのかと思いながら着物の柄を見ると、片方は昨年見た蝶が飛んでる小紋だった。もう片方は白地に桜が描かれていて小さいが鶴が番で飛んでいた。こういうのを比翼と言うのだろうかと思った。前のも良かったが比翼の鶴を見せられては文句無かった。
「こっちが良いな。白地に桜と比翼の鶴だ」
「はい。やはりこっちを選んでくれると思っていました。嬉しいです」
 部屋には二人だけだったとはいえ、千反田は俺に寄り添って来たので、腕を回して抱きしめて唇を重ねた……

 居間に戻って来ると台所で親父さんが俺を呼んでいた。台所なんてと思い不思議に思って呼ばれるままに行くと
「折木くん。我が千反田では大晦日の年越し蕎麦はその時の当主が打つことになっていてね。これからわたしが打つんだが、良かったら手伝って貰えないかと思ってね。厚かましいのは重々承知してるのだが、駄目かね?」
 親父さんに言われら断る訳には行かない。それに千反田はあの後「それじゃ美容院に行って来ます」とお袋さんんと一緒に出かけてしまったのだ。この家にはおばあさんを除くと俺と親父さんしか居なかった。
「勿論手伝わせて戴きます!」
 俺はそう言うと着ていた上着を脱いで手渡された前掛けを締めた。やけに用意が良いとは思わなかったがこの時はさして気にも止めなかった。
  親父さんは大きなボール(何と言うのかは知らなかった。後でこね鉢と知った)に水とそば粉を入れると丁寧にかき回して行く。水が回ると粉の端から丁寧に折 りたたむ様に捏ねて行く。 やがてひと固まりになると力を入れて捏ね始める。台所は火の気が無く寒いが親父さんの額にはみるみるうちに汗が吹き出してい る。俺は思わず
「捏ねるだけなら出来そうなのでお手伝いします」
 そう言葉が口をついて出ていた。それを聞いた親父さんは嬉しそうに
「そうか、やってくれるかい! ならお願いしようかな」
 その言葉を聞いて捏ねる役目を親父さんと交代した。見よう見まねでやり始めるが思ったより力が要る。これは汗が吹出すはずだと思った。
  所々で親父さんも指導が入る。俺は言われた通りに捏ねて行く。やがて捏ね上がるとまな板に麺棒で伸ばして行くのだが、これは流石に初心者の俺では上手く行 かないので親父さんが伸ばして行く。流石に見事だと思う。プロの職人と比べては判らないが素人としてはかなりの腕前ではなかろうか。
 やがて蕎麦切り包丁で伸ばした蕎麦の生地を麺にして行く。これも見事で細く均一に麺になっていく。
「折木くんもやってみるかい」
 言われて、下手ながらもやってみたくなった。包丁を借りると同じように板を添えてやってみるが一回は細く切れても同じ太さにならない。結局俺が切った所はやや不揃いになってしまった。
「すいません。折角なのに台無しにしてしまって」
「いやいや、始めてでこれだけ出来れば上々だよ。これから毎年やって貰うんだから直ぐに慣れるよ」
「いや~そう言って貰えると助かります」
 言ってから気がついた。毎年って……

 正月の料理は昨日迄に殆んどを仕込んでしまったそうだ。それで女性陣は髪を結いに行っている訳だった。当主がその間蕎麦を打って帰って来たら食べさせるのだそうだ。
 出来上がった蕎麦はお俺を含めても四人で食べるのは量が多いと思った。すると親父さんはタッパを幾つか出して、切った蕎麦を分けて入れ始めた。
「それはどうなさるのですか?」
 まさか保存でもするのか、と思っていたら
「これは、近所の方におすそ分けをするんだよ。わたしだけでは持てないので、すまないが一緒について来て貰えないだろうか?」
 親父さんの頼みだ、嫌なはずがない。
「勿論です!」
 俺は親父さんの後をタッパを入れた袋を持ちながら陣出の田圃の中を歩き始めた。最初に行ったのは水梨神社で、これは奉納の意味もあったらしい。神主さんが
「毎年すいません。ありがたく頂戴致します」
 そう言いながら受け取ってくれて、お守りの御札をくれた。
 それをしまって向ったのは吉田さんの家だった。吉田さんが直接出てくれて、俺が親父さんの後ろに控えているのを見て
「おお、これは折木さんじゃ……そうですか。やはり、そうなりましたか。これで千反田家も陣出も安泰ですな」
 目を細めてそんなことを言う。俺は、こんな蕎麦を配る事が千反田の家の事とどう繋がりがあるのかイマイチ理解できずにいた。
 それから回った家は、やはり陣出でそれに水梨神社の祭礼では重要な役をする家ばかりだと気がついた。やはりこれは何か大事な儀式だったのでは無かったのかと思いなおした。

 帰るとお袋さんと千反田が帰っていて、俺と親父さんが作った蕎麦の出来を見ていた。
「折木さん、手伝ってくれたのですね。それも近所や水梨神社に収めるのにも一緒に行って下さって本当にありがとうございます!」
 髪をアップした千反田に見とれながら俺はこの蕎麦の一件がそんなに大事なことだとは思っていなかった。それよりも目の前の美しい人に目を奪われていたのだ。
「少し遅いがお昼にしましょう。このお蕎麦を戴きましょう」
 お袋さんが、海老の天ぷらを揚げ始めていた。隣では親父さんが大きな鍋に蕎麦を茹でる網を幾つか入れて火に掛けている。そのたっぷりと沸いてるお湯の中にひと網にひとリ前の蕎麦を入れて行く。
 一分ほど茹でると網ごと鍋から上げて冷水に晒す。それを良く水で洗って笊に上げる。これを人数分繰り返した。
 そして予め作っておいた蕎麦汁と葱の小口切りを用意した。
「さあ出来ました。食べましょう。折木さんもどうぞ、さあ」
 言われて、千反田の隣に座る。千反田が横目で俺を見ている。その目がいつもと違う感じなのに気がついた。何だろうと考えていたら
「さ、戴きましょう!」
 おふくろさんの声で我に返ってしまった。
「戴きます!」
 各人声を出して蕎麦に箸を伸ばす。箸ですくった麺の半分ぐらいを汁に漬けて一気に口ですする。新蕎麦の香りが鼻に抜けて行く。
「旨い!」
 心の底からそう思った。細いが腰のある麺がやや濃い目の汁に絡んで何とも言えない味がする。これほどの蕎麦は食べたことがなかった。また、揚げたての海老の天ぷらも旨い。海老の締まったプリプリとした食感が僅かに匂う胡麻の香りと相まって何とも言えなかった。
 俺が食べるのを見ていて千反田も食べ始める。何だ、俺が食べるのをわざわざ見ていたのかと思った。
 
 旨い蕎麦を食べてしまうと、片付けが終わった千反田が俺を自分の部屋に呼ぶ。
「折木さんのことですからお気づきになっていますでしょう?」
 何やら訳の判らないことを言い始めて、俺に両手を回して俺を抱きしめた。
「何だ? どうしたんだ? もしかして、あの蕎麦に意味があったのか?」
 俺の顔のやや下にある千反田の顔を上げさせて問うと
「千 反田の家では大晦日に当主がお蕎麦を手打ちします。それは陣出の方々に、来年も宜しくお願いします。と言う意味なんです。これに折木さんが参加したという ことは、次の当主としての顔見世の意味があったのです。黙っていてごめんなさい。わたしも、成功して欲しくてつい黙っていました。悪い子になっていたんで す」
 正直に言えば、半分はそんな意味もあるのだろうと思っていた。それは親父さんの態度が余りにもわざとらしかったからだ。
「千反田、構わないよ。正直、今はその気持でも将来は判らない。いや、将来も変わらないようにしなくてはならないのだが、今の俺はただ『努力する』意外に道は無い。つまり、同じだと言うことさ。俺がお前に思う気は変わらないよ」
「嬉しいです……」
 千反田は俺の胸で呟くと俺を思い切り抱きしめた。
 夜は、親父さんに酒の相手をさせられて千反田が頬を膨らまして怒っていた。未成年の俺の体に何かあったらと心配したらしい。
 風呂に入らせて貰い湯上がりの体を縁側で冷やしていると。千反田が来て
「縁側は寒いですから一気に冷えてしまいます。こちらにいらして下さい」
 手を引かれて連れてこられた場所はやはり千反田の部屋だった。部屋の戸を閉めると、再び俺の体に頬を寄せて
「暖かいです。折木さんの体……将来、一緒になったら一緒にお風呂に入りましょうね。千反田の家の家訓では『夫婦は一緒にお風呂に入ること』とあるんです。これは、喧嘩していても一緒にお風呂に入れば、すぐに仲良くなるという意味なんだそうです」
 やはり、今日の「蕎麦の儀式」の影響か千反田はいつもの千反田ではなかった。今まででも公認されていたが、今日のようにほぼ正式に認められたという事で千反田は一緒の興奮状態になっているのだと思った。きっと明日は俺もいい子いい子していなくてはならないのだろう。
 遠くで除夜の鐘が鳴っていた。

 後篇に続く……

即興小説  「左足の反乱」

☆お題:どうあがいても足 必須要素:アクション 制限時間:2時間 使用55分

 夏休みなので家でゴロゴロしていた。宿題はやってしまったし、小遣いは無いし、結局家でそうめん食べてゴロゴロしてるだけの毎日だった。
 その日も昼のそうめんを食べ終わるとゴロリと畳の上に横になった。たちまち瞼が重くなって来た。今日は縁側から涼しい風が入って来ている。クーラーの無い我が家では貴重な風だった。そして俺はいつの間にか意識を失った。
 どのくらい昼寝をしたろうか? 誰かが呼ぶ声がした。むっくりと起き上がり周りを見るが誰もいない。縁側からは相変わらず心地よい風が吹いている。
「もう一眠りするか」
 そう呟いて寝っ転がろうとした時だった。
「そんなに寝てばかりいると太るぞ! 少しは運動をするとか考えないのか?」
 何だか親父みたいなことを言うと感じた。周りを見てもやはり誰もいない。
「ここだよ。ここだ。下を見ろ」
 声のする方を見ると何と喋っているのは俺の左足だった。俺の左足に小さな口が出来てそこから声がしていたのだ。
「駄目だ、まだ寝ているのかも知れないな。寝すぎて変な夢を見ているらしい」
 そう独り言を言うと左足のやつが
「寝ぼけんなよ。ちゃんと俺を見ろ!」
 俺の左足はやや怒りながら叫んだ。やっぱり左足が口を利いている。
「お前があまりにも足を使わないから、俺は今日限りお前の体から独立することにした。今後は好き勝手にやらせて貰うからな」
 ここに来て俺はこれが夢でも幻覚でも無いことに気がついた。
「お前、俺の左足だろう? 独立ってどうするんだ?」
 俺は基本的なことを尋ねてみると
「簡単だよ左の股関節から外して勝手に出て行く
「そんな簡単に行く訳がないだろう! 独立ってのはクリミア半島だってどこだって大変なんだ。口で簡単に言うほどじゃないんだぞ」
 そういえば口はあるが目や耳はどうしたのだろう? そんな疑問に思ってると左足は
「お前が食っちゃ寝ばかりしてて、足を使わないから自分で運動することにしたんだ。俺達には運動する権利がある。それを行使させて貰うだけだ。ちなみに俺 が独立すれば相棒の右足だってアクションを起こすだろう。両足が独立したって判った暁には両腕だって黙っちゃいないだろうな。お前、両手両足が無くなった らどうする?」
 俺は左足の言うことを聴いていて、段々と空恐ろしくなって来た。
「どうすれば独立を思い留まってくれるんだい?」
 俺は必死だった。この若さで両手両足が無い体にはなりたくない。後100年もすればデパートで体の部分が買えるようになってるかも知れないが、今はそんなものは買えやしない。俺はどんな条件でも呑むつもりだった。
「よし、こちらの条件を呑んでくれるなら思い留まっても良い」
「その条件とは?」
 俺は必死で先を問うた。
「まず、食っちゃ寝ばかりしてないで、ちゃんと運動しろ! それから、そうめんみたいな炭水化物ばかり食べていないで、鶏肉や大豆なんかのプロテインを食 べて筋肉を強化しろ! お前が何もしないおかげで、俺は細くなってしまった。以前はカモシカのように力強かったのに……どうだ、ちゃんと守れるか?」
 俺は必死だったのだ。この際何でも言うことを利くことにした。

 翌日からいいや、その日から俺は運動を始めた。昼もそうめんばかりでなく、鶏のささみを蒸して食べるようにした。朝はゆでたまごを幾つも食べた。そして 運動のおかげで体重も減り、バランスの良い体型となった。すると現金なものでカワイイ娘に告白されて交際するようになった。
そんな時に例の左足が再び口を利いた。
「なあ、あの時はああ言ったけど、俺達はどうあがいても足なんだよ。頭のお前が行動してくれなかったら大変なことになっていたんだぜ」
「大変なことって何だい?」
「それはな、体重増加で糖尿病や痛風や動脈硬化なんかになって彼女も出来ないうちに死んじゃうってことさ」
 そんなことにならなくて良かったと俺は思うのだった。

「ねえ、先生。今度のプログラムはちゃんと成功するでしょうか?」
 助手の子が俺に尋ねる。俺はあれから勉強して、肥満解消の研究を大学で行う研究者になったのだ。今ベッドに寝ている患者は肥満の重症者だ。俺が経験した あの左足の反乱を疑似体験させているのだ。大丈夫、きっと成功する。何故なら、自分の体の部分が独立して無くなってしまうなんて恐怖は物凄いからだ。
 あの恐怖に比べれば食事を制限したり運動したりするのは訳無いからだ。


  了

氷菓二次創作  「今年の暮れは……」

今日は前半です。後半は年明けになります。

「今年の暮れは……」

 今年の正月、俺はいつもと違う年越しをしていた。恐らく将来は毎年こうなるのではなかろうかと想像させられた。

 それは十二月二十五日のことだった。里志や伊原、それに大日向も加わって「古典部」の忘年会兼クリスマスの集い(千反田はあくまでもパーティーではないと主張した)を千反田邸で行って家に帰って来た時だった。ダイニングでコーヒーを煎れて飲んでいる俺に姉貴が
「あんた、今年のお正月はどうするの? わたしは明後日からペルーに行っちゃうけど」
 そう言って俺の頭をくしゃくしゃにした。正直、姉貴がこの時期家に居ないのは前からだから気にもしていなかった。いつものように親父と雑煮でも食べれば良いと思っていたのだ。
 だが姉貴の次の言葉で俺の思惑は完全にひっくり返ってしまった。
「ああ、そう言い忘れていたけど、お父さんお正月居ないからね」
 姉貴は俺の表情を伺うように流し目で俺の事を見ていた。その目に何かの思惑を感じたと言うのは考え過ぎだろうか?
「何処か行くのか?」
「何でも実家の近くの温泉で小学校の時のクラス会があるんだって。皆、お正月には実家に帰るから集まることになったそうよ。だから、あんた一人よ、判った?」
 正直、新年草々一人になるとは思っていなかった。
「いっそのこと、えるちゃんに来て貰う? ……二人だけでこの家で新年を迎えるのも悪くないわよ。何をしても良いわけだしね」
 姉貴の言葉の後半は完全に悪意を感じるものだったが、千反田に言ってみるのも悪くないと思いあの家の正月の大変さを思い出した。うかつに声は掛けられないと考え直した。
「まあ、奉太郎のこと宜しくってわたしから声は掛けるつもりだけどね」
 何と言う事を言うのだろう。そんな事を言えば千反田のことだ『折木さん。それならわたしの家にいらっしゃいませんか?』と言うに決まってる。もし俺がそれに乗って千反田の家に行ったとしたら……
 多分、元旦は新年の挨拶の来客の対応で親父さんとお袋さん。それに千反田と場合によってはおばあさんまで夕方まで挨拶していなければならない。その間俺は多分一人になる。ならばこの家で一人で居た方が気が楽だと思った。
「姉貴、それはやめてくれ、あの家の正月は大変なんだ。新年早々そんなことになりたくない」
「あら、もうメールしちゃった!」
 はあ? おかしな話だ。千反田も俺も携帯は持っていないはずだが……
「誰がえるちゃんにメールしたって言った? メールしたのはお父さんの鉄吾先輩よ」
「親父さん? 何故姉貴が親父さんのメアドを知っているんだ?」
「当たり前でしょう。二人とも『神山高校同窓会』の役員なんだから、連絡先ぐらい知ってるわよ」
 そうか、そんなことは正直忘れていた。大体この作者は思いつきで物語を書き過ぎる。もっとちゃんとプロットを立てて……
「何一人でブツブツ言ってるの。判ったわね!? あんたはお正月は、えるちゃんの家で過ごすか、彼女に来て貰って過ごすか決めておきなさいよ」
 姉貴はそれだけを言うと自分の部屋に下がってしまった。正直、どちらも気が進まない。千反田家に行くと気を使うだろうし、千反田がこの家に正月そうそう来るとは思えないし、どちらを選択しなければならないのか、判断がつかなかった。
 自分の部屋でベッドに横たわりながら、色々と可能性を考えるが、良い案が浮かばない。いつの間にか寝てしまったようだった。

 翌朝、家の電話で目が覚めた。もう姉貴も親父も居なかった。のろのろと起きて階段を下りて電話に出る。思えば随分と気が長いと思った。俺なら十回着信音があって出なければ切るところだ。電話の主は千反田だった。
「おはようございます折木さん。昨日は楽しかったです。わたし、あまりにも楽しいので興奮してなかなか寝つけませんでした」
 電話の千反田はどうやら昨日のままらしかった。でも単なる昨日のことで電話して来ただけではあるまいと思った。すると
「今 朝、父から訊いたのですが、折木さん、お正月はお一人なんだそうですね。それで良かったら大晦日からウチに来ませんか? 折木さんと二人で年を越すのもい いなって思ったんです。実は寝付けなかつたのも、そんな事考えていたからです。朝になったら一番で電話しようと今まで我慢していたんです」
 時計を見ると九時を回っていた。千反田のよその家に電話していい時間は九時らしかった。
 なるほど、千反田らしいと思った。もし、お互いに携帯を持っていたら恐らく千反田は昨夜のうちに電話して来ただろうと推測した。
「大晦日はまだしも、元旦はお前の家は大変だろう。俺が挨拶に付き合わなくても良いかもしれんが、その間は果たしてどうするんだ?」
 俺は昨夜から思っていた疑問を口にする。
「簡単です。わたしの隣でいい子いい子していてくだされば、あっという間に夕方になります。そうしたら一緒に荒楠神社に挨拶を兼ねてお参りに行きましょう」
 聞き流せないようなことを、あっさりと言った気がした。だが。その次にとんでもない事を言い出したのだ。
「帰りはわたしが折木さんの家に寄って、そのまま泊まらせて戴いても良いですし。二日は二人だけで何処かに行きましょうか?」
「おい、元旦の夜にウチに泊まるって……誰も居ないんだぞ」
「だから、お伺いしたいのです」
 まさか……千反田がそんなことを言う訳はないとこの時初めて感じた。すると
「もし、もし、折木くん、驚きました? えるの母です! この前供恵さんから声が似てるから一度弟をからかってくれって頼まれたのです。ゴメンナサイね驚かせて……でも、えるは心の底ではきっと、そう想ってるわ。あ、横でえるが待ってるから代わりますね」
「も、もしもし……お電話代わりました……あのう、その……」
 途切れがちな言葉の向こうで千反田が耳まで真っ赤にしている姿が容易に想像出来る。
「母の言っていたことは、半分は本当で半分は嘘……じゃないですが、つまり、そのう、何と言うか、大げさだったんです。わたしが折木さんのお家に行くのは兎も角、大晦日からウチにいらっしゃいませんか? その気持は本当なんです。一緒に新年を迎えたいのです!」
「あ、ああ判った。そうか、大げさだったのか……それは残念……じゃない、兎に角、そんな時期に行っても良いなら伺わせて貰うよ」
「はい! お待ちしています!」
 結局、俺は大晦日からの数日を千反田家で過ごすことになってしまった。しかし、千反田のお母さんにはまんまと騙されてしまった。姉貴も、ここまで仕組んでおいてから昨夜の事を言ったのだな。全く油断がならない……

 果たして、元旦俺は何をしていれば良いのだろうか? 俺は目前に迫った事に思いを馳せるのだった。

 続く……

即興小説  「さんすくみ」

☆お題:安いダンジョン 必須要素:レモン 制限時間:2時間 使用54分

 俺はある組織に忍び込んで捕まってしまい、地下牢に閉じ込められてしまった。捉えた組織の言うことには
「お前もスパイの端くれならば、この地下牢から脱出してみろ、上手く脱出して逃げおおせたなら、見逃してやろう。その代わり、逃げ出せなければ永久にこのままだ。飢え死にするまであがくが良い」
 少し小太りで古臭いサングラスを掛けた男がそう言って、俺に一個のレモンを投げてよこした。
「何だこれは? これで喉の渇きを癒やせというのか?」
「どう取ろうと、それはお前の勝手だ。好きに使うがいい。ひとつだけ教えておいてやる。そのレモンは幾らでも使い道があると言うことだ」
 小太りの男はそれだけを言うと扉を締めてどこかに消えてしまった。俺は残されたレモンを見つめるだけだった。これでどうしろと……

 兎に角、飢え死にする前にここから出なければならない。俺は必死で考える……駄目だ、焦っていい考えが浮かばない。
 半分諦めかけていた時だった。ふと牢屋の隅をナメクジが這っていた。俺はこの手に持っていたレモンをせめて何かに使いたくなり、手で半分にちぎるとナメクジにそのレモン汁をかけて、殺してやろうかと思って、手を伸ばすと、そのナメクジが驚いて俺に向って
「どうぞ、そのレモンの汁だけは勘弁して下さい。見逃してくれれば、あなたをここから出してあげますから」
 なんと口をきいたのだ。これは面白い
「そうか塩や砂糖に弱いとは知っていたがやはり酸にも弱かったのか」
「そうなんです。内緒ですが、我々は本当は酸が一番弱いんです」
「よし、本当にここから出してくれるなら、このレモン汁はかけないでおく」
「ありがとうございます! では早速」
 ナメクジはそう言ったかと思うと仲間を大勢呼び寄せた。すると壁の隙間から数えきれないナメクジが出て来たのだ。そして、そのナメクジ達は牢屋の鍵の所に集まるとその体のぬめりを沢山出し始めたのだった。
 何が起こるのかと思っていると、そのぬめりで鍵がバカになり開いてしまったのだ。
「さあ、どうぞ……これでダンジョンを抜けて逃げて下さい」
 ほうナメクジの分際できちんと約束を守るとは大したものだと思った.
「じゃあ逃げさせて貰うぜ」
 そう言ってダンジョンの方に行こうとするとナメクジが
「ああ、ダンジョンの途中には蛇がいます。何もせずに行くとそいついに飲み込まれてしまいます。そんな時はこれを使って下さい」
 そう言って手渡されたのはドロリとした半透明の液体が入った入れ物だった。
「何だこれ?」
「それは我々のぬめりが集まったものです。その蛇にこれをかけてやると蛇が溶けてなくなります。そう言って脅かして通り抜けて下さい」
「そうか、ありがとう!」
 俺はその入れ物を持つとダンジョンに入って行った。そして苦労しながら進んだ時だった。いきなり俺の目の前に大きな蛇が現れた。そして大きな口で俺を飲み込もうとする。この時俺はナメクジが言った事を思い出した。そして手に持っていたあのヌメリを蛇に見せた。すると蛇は
「これはナメクジのヌルヌルですな。これはダメです。これに私は弱いんです。見逃してくれれば出口に居る大蟇をやっつけてあげます」
 そうか出口には大蟇がいるのか。ならばこれも利用しない手はない。
「よし、判った。そこまで案内しろ」
 俺はダンジョンの案内を蛇にさせながら先を急いだ。すると蛇が言った通りに、出口に大きな蟇が構えていた。口から赤い舌を出している。
 だが、俺の隣の蛇を見て、動くけなくなる蟇。俺はその脇を悠々と歩いて通り過ぎ出口に到達したのだった。やった! 遂に脱出成功だ。これで俺はここから帰れる。そう思った時だった。後ろで不気味な音がした。振り向くと蛇が蟇を飲み込んだ音だった。
「邪魔者は消しましたから。もう大丈夫です」
 蛇が舌を出しながら言う。いい蛇だなと思っていたら
「あっ! しまった!」
 そう言って半分泣き顔になっている。
「どうしたんだ?」
「はい、俺、実は毒蛇なんです。でもいまさっき、自分で舌噛んじゃって……流石に不味いですよね……ああ、どうしよう……」
 俺は困る蛇を後にして帰りを急ぐのだった。

 
   了
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