「ある日の放課後に」
学校の中で、折木さんとお会いする時があります。意識しないようにしていますが、難しいですね。だって、他の誰かならいざ知らず。折木さんですから……
以前、折木さんは校内で出会っても、素知らぬふりをするか「おう千反田」と他の生徒さんに対する態度と変わりありませんでした。
でも、最近は違うのです。校内ですれ違ったりする時に僅かですが、わたし自身に軽く、ほんの軽く触れて行くのです。
他の生徒さんには判りません。わたしと、折木さんだけが判る「挨拶」みたいなものです。指の先でスカートの端だったり、小指に軽く触れたり。それは巧みなのです。そんな事をされた日は古典部に行くまで、頭の中に折木さんが住んでいます。
放課後になり古典部に顔を出すと、既に折木さんが何時もの席で本を読んでおられました。わたしはさり気なくポットのお湯が湧いてるのを確認すると、お茶を入れてさり気なく折木さんの前に出します。
「おう、ありがとうな千反田」
そうお礼を言ってくれますので、わたしは先程のお返しに折木さんの頬を軽く、ほんの軽く指で突っつきます。
すると折木さんは、わたしを思い切り抱きしめるのです。
「駄目です、校内でこんな事をして誰かに見られたら……」
わたしが必死で逃れようとしているのに折木さんは
「今日は、さっき出会った時から、こうしてお前を抱きしめたかった……我慢出来なかったんだ。許して欲しい」
そんな許すだなんて……抱きしめられる幸せはわたしも同じです。
その時でした。地学講義室の扉が開いて
「折木! ちーちゃん。きょうは……」
摩耶花さんが勢い良く入っていらっしゃいました。そしてわたし達が抱き合ってる姿を見て
「ちょっと……いくら新婚だからって、学校でそう言う事をするのは止しなさいよね。どうせ折木から強引にしたのでしょう」
呆れて言う摩耶花さんに折木さんは
「伊原、なら俺も言わせて貰うが、ドアを開ける時はノックをするものだ。いきなり開けるからこう言うモノを見る羽目になる。それに、この前、里志と二人だけで何かやっていたろう。あの時俺はちゃんとノックしたぞ」
折木さんは摩耶花さんに対して理屈を言っています。でもこの前摩耶花さんと福部さんが二人で部室でしていた事って何でしょう? 気になります。
「あ、あの時はふくちゃんが強引に……って関係無いでしょう……ふう危なかった……」
ああ、残念です。その先が訊きたかったのです……二人はいったい何をしていたのでしょう……
「で、何か用だったのか?」
折木さんはわたしから手を放して摩耶花さんの方に向き直りそもそも、ここへ来た理由を尋ねます。
「あ、忘れる処だったわ。ふくちゃんからの情報だと、あなた達二人が入籍して正式な夫婦になった事について、学校側が会議を開いたのよ」
「会議ですか? 何故です。わたしと折木さんは日本国が認めた正式な夫婦ですよ。今更学校が何を言うのでしょうか?」
わたしは摩耶花さんに訴えます。でも摩耶花さんは情報を伝えに来てくれただけなのですが……
「つまり、学内に夫婦が同学年に在籍しては不味いと言う事なのか?」
折木さんはとんでも無い事を言っています。わたしと折木さんが同じ学校に居られなくなる? ……まさか、そんな事が……
「本当なんですか? 摩耶花さん!」
わたしの言い方が凄かったのか、内容に驚いたのかは判りませんが摩耶花さんは
「落ちついてちーちゃん。ふくちゃんの情報では、そこをどうするか会議で決めるみたい」
「だが何で肝心の俺達には何の説明も無いんだ? 明らかにおかしいだろう」
そうです折木さんの言う通りです。夫婦が同じ学校に在籍してはいけない等と言う事も変ですし、その事を肝心のわたしと折木さんに何も言わないのもおかしいです。
「折木さん。これは変です。おかしいです」
「そうだな、おかしい。でも仕方無いよ……なんたってこれは……」
折木さんの顔が段々ぼやけて来ます。何かおかしいです。そう言えばわたし達夫婦なのに何故、折木さん、千反田と呼んでいたのでしょう……
気が付くと目の前に、愛しい人の寝顔がありました。周りを良く見ると、ここは千反田家の縁側で、わたし達は二人でいつの間にか寝てしまったみたいです。
その寝顔にそっと触れてみます。何時もの癖で触る前髪や、鼻筋、そして唇に軽く指先で触れます。その時、私の指先が軽く咥えられました。
「おめざめですか……」
「ああ、お前の寝顔を見ていたらこっちも寝てしまった。高校の頃の夢を見ていた。何だか俺とお前が高校生なのに夫婦でな。それが学校で問題になって……どうした? 何故笑う?」
「摩耶花さんが古典部に伝えに来てくれたのですよね?」
「あれ? お前……そうか、一緒だったよな……夢の中だったけどな」
「同じような夢を見ていた様ですね」
「ああ、そうだな……不思議な事があるものだな」
夫は優しく私を抱きしめます。そして
「今だから言うけど、あの頃、本当にお前を抱きしめて見たかった時が何回かあってな。でも必死で自分を抑えたよ」
わたしだって、抱きしめられる事を何回も夢にみました。でも、それは今でも変わりないかも知れません。
「お前と一緒になれて本当に良かった……いまさらながらそう思うよ」
まあ、こんな事を言うなんて珍しい事です。照れて何時もは言わない事まで言ってるみたいです。
まさか、これも夢では無いですよね。そう思った瞬間、口が塞がれました。甘い柔らかな感触がわたしを襲います。
夢ではありませんでした……
夕飯の支度が待っていますが、もう少しだけこのままで……
了
学校の中で、折木さんとお会いする時があります。意識しないようにしていますが、難しいですね。だって、他の誰かならいざ知らず。折木さんですから……
以前、折木さんは校内で出会っても、素知らぬふりをするか「おう千反田」と他の生徒さんに対する態度と変わりありませんでした。
でも、最近は違うのです。校内ですれ違ったりする時に僅かですが、わたし自身に軽く、ほんの軽く触れて行くのです。
他の生徒さんには判りません。わたしと、折木さんだけが判る「挨拶」みたいなものです。指の先でスカートの端だったり、小指に軽く触れたり。それは巧みなのです。そんな事をされた日は古典部に行くまで、頭の中に折木さんが住んでいます。
放課後になり古典部に顔を出すと、既に折木さんが何時もの席で本を読んでおられました。わたしはさり気なくポットのお湯が湧いてるのを確認すると、お茶を入れてさり気なく折木さんの前に出します。
「おう、ありがとうな千反田」
そうお礼を言ってくれますので、わたしは先程のお返しに折木さんの頬を軽く、ほんの軽く指で突っつきます。
すると折木さんは、わたしを思い切り抱きしめるのです。
「駄目です、校内でこんな事をして誰かに見られたら……」
わたしが必死で逃れようとしているのに折木さんは
「今日は、さっき出会った時から、こうしてお前を抱きしめたかった……我慢出来なかったんだ。許して欲しい」
そんな許すだなんて……抱きしめられる幸せはわたしも同じです。
その時でした。地学講義室の扉が開いて
「折木! ちーちゃん。きょうは……」
摩耶花さんが勢い良く入っていらっしゃいました。そしてわたし達が抱き合ってる姿を見て
「ちょっと……いくら新婚だからって、学校でそう言う事をするのは止しなさいよね。どうせ折木から強引にしたのでしょう」
呆れて言う摩耶花さんに折木さんは
「伊原、なら俺も言わせて貰うが、ドアを開ける時はノックをするものだ。いきなり開けるからこう言うモノを見る羽目になる。それに、この前、里志と二人だけで何かやっていたろう。あの時俺はちゃんとノックしたぞ」
折木さんは摩耶花さんに対して理屈を言っています。でもこの前摩耶花さんと福部さんが二人で部室でしていた事って何でしょう? 気になります。
「あ、あの時はふくちゃんが強引に……って関係無いでしょう……ふう危なかった……」
ああ、残念です。その先が訊きたかったのです……二人はいったい何をしていたのでしょう……
「で、何か用だったのか?」
折木さんはわたしから手を放して摩耶花さんの方に向き直りそもそも、ここへ来た理由を尋ねます。
「あ、忘れる処だったわ。ふくちゃんからの情報だと、あなた達二人が入籍して正式な夫婦になった事について、学校側が会議を開いたのよ」
「会議ですか? 何故です。わたしと折木さんは日本国が認めた正式な夫婦ですよ。今更学校が何を言うのでしょうか?」
わたしは摩耶花さんに訴えます。でも摩耶花さんは情報を伝えに来てくれただけなのですが……
「つまり、学内に夫婦が同学年に在籍しては不味いと言う事なのか?」
折木さんはとんでも無い事を言っています。わたしと折木さんが同じ学校に居られなくなる? ……まさか、そんな事が……
「本当なんですか? 摩耶花さん!」
わたしの言い方が凄かったのか、内容に驚いたのかは判りませんが摩耶花さんは
「落ちついてちーちゃん。ふくちゃんの情報では、そこをどうするか会議で決めるみたい」
「だが何で肝心の俺達には何の説明も無いんだ? 明らかにおかしいだろう」
そうです折木さんの言う通りです。夫婦が同じ学校に在籍してはいけない等と言う事も変ですし、その事を肝心のわたしと折木さんに何も言わないのもおかしいです。
「折木さん。これは変です。おかしいです」
「そうだな、おかしい。でも仕方無いよ……なんたってこれは……」
折木さんの顔が段々ぼやけて来ます。何かおかしいです。そう言えばわたし達夫婦なのに何故、折木さん、千反田と呼んでいたのでしょう……
気が付くと目の前に、愛しい人の寝顔がありました。周りを良く見ると、ここは千反田家の縁側で、わたし達は二人でいつの間にか寝てしまったみたいです。
その寝顔にそっと触れてみます。何時もの癖で触る前髪や、鼻筋、そして唇に軽く指先で触れます。その時、私の指先が軽く咥えられました。
「おめざめですか……」
「ああ、お前の寝顔を見ていたらこっちも寝てしまった。高校の頃の夢を見ていた。何だか俺とお前が高校生なのに夫婦でな。それが学校で問題になって……どうした? 何故笑う?」
「摩耶花さんが古典部に伝えに来てくれたのですよね?」
「あれ? お前……そうか、一緒だったよな……夢の中だったけどな」
「同じような夢を見ていた様ですね」
「ああ、そうだな……不思議な事があるものだな」
夫は優しく私を抱きしめます。そして
「今だから言うけど、あの頃、本当にお前を抱きしめて見たかった時が何回かあってな。でも必死で自分を抑えたよ」
わたしだって、抱きしめられる事を何回も夢にみました。でも、それは今でも変わりないかも知れません。
「お前と一緒になれて本当に良かった……いまさらながらそう思うよ」
まあ、こんな事を言うなんて珍しい事です。照れて何時もは言わない事まで言ってるみたいです。
まさか、これも夢では無いですよね。そう思った瞬間、口が塞がれました。甘い柔らかな感触がわたしを襲います。
夢ではありませんでした……
夕飯の支度が待っていますが、もう少しだけこのままで……
了