2014年10月

氷菓二次創作  「ある日の放課後に」

 「ある日の放課後に」


 学校の中で、折木さんとお会いする時があります。意識しないようにしていますが、難しいですね。だって、他の誰かならいざ知らず。折木さんですから……
 以前、折木さんは校内で出会っても、素知らぬふりをするか「おう千反田」と他の生徒さんに対する態度と変わりありませんでした。
 でも、最近は違うのです。校内ですれ違ったりする時に僅かですが、わたし自身に軽く、ほんの軽く触れて行くのです。
 他の生徒さんには判りません。わたしと、折木さんだけが判る「挨拶」みたいなものです。指の先でスカートの端だったり、小指に軽く触れたり。それは巧みなのです。そんな事をされた日は古典部に行くまで、頭の中に折木さんが住んでいます。

 放課後になり古典部に顔を出すと、既に折木さんが何時もの席で本を読んでおられました。わたしはさり気なくポットのお湯が湧いてるのを確認すると、お茶を入れてさり気なく折木さんの前に出します。
「おう、ありがとうな千反田」
 そうお礼を言ってくれますので、わたしは先程のお返しに折木さんの頬を軽く、ほんの軽く指で突っつきます。
 すると折木さんは、わたしを思い切り抱きしめるのです。
「駄目です、校内でこんな事をして誰かに見られたら……」
 わたしが必死で逃れようとしているのに折木さんは
「今日は、さっき出会った時から、こうしてお前を抱きしめたかった……我慢出来なかったんだ。許して欲しい」
 そんな許すだなんて……抱きしめられる幸せはわたしも同じです。

 その時でした。地学講義室の扉が開いて
「折木! ちーちゃん。きょうは……」
 摩耶花さんが勢い良く入っていらっしゃいました。そしてわたし達が抱き合ってる姿を見て
「ちょっと……いくら新婚だからって、学校でそう言う事をするのは止しなさいよね。どうせ折木から強引にしたのでしょう」
 呆れて言う摩耶花さんに折木さんは
「伊原、なら俺も言わせて貰うが、ドアを開ける時はノックをするものだ。いきなり開けるからこう言うモノを見る羽目になる。それに、この前、里志と二人だけで何かやっていたろう。あの時俺はちゃんとノックしたぞ」
 折木さんは摩耶花さんに対して理屈を言っています。でもこの前摩耶花さんと福部さんが二人で部室でしていた事って何でしょう? 気になります。
「あ、あの時はふくちゃんが強引に……って関係無いでしょう……ふう危なかった……」
 ああ、残念です。その先が訊きたかったのです……二人はいったい何をしていたのでしょう……
「で、何か用だったのか?」
 折木さんはわたしから手を放して摩耶花さんの方に向き直りそもそも、ここへ来た理由を尋ねます。
「あ、忘れる処だったわ。ふくちゃんからの情報だと、あなた達二人が入籍して正式な夫婦になった事について、学校側が会議を開いたのよ」
「会議ですか? 何故です。わたしと折木さんは日本国が認めた正式な夫婦ですよ。今更学校が何を言うのでしょうか?」
 わたしは摩耶花さんに訴えます。でも摩耶花さんは情報を伝えに来てくれただけなのですが……
「つまり、学内に夫婦が同学年に在籍しては不味いと言う事なのか?」
 折木さんはとんでも無い事を言っています。わたしと折木さんが同じ学校に居られなくなる? ……まさか、そんな事が……
「本当なんですか? 摩耶花さん!」
 わたしの言い方が凄かったのか、内容に驚いたのかは判りませんが摩耶花さんは
「落ちついてちーちゃん。ふくちゃんの情報では、そこをどうするか会議で決めるみたい」
「だが何で肝心の俺達には何の説明も無いんだ? 明らかにおかしいだろう」
 そうです折木さんの言う通りです。夫婦が同じ学校に在籍してはいけない等と言う事も変ですし、その事を肝心のわたしと折木さんに何も言わないのもおかしいです。
「折木さん。これは変です。おかしいです」
「そうだな、おかしい。でも仕方無いよ……なんたってこれは……」
 折木さんの顔が段々ぼやけて来ます。何かおかしいです。そう言えばわたし達夫婦なのに何故、折木さん、千反田と呼んでいたのでしょう……

 気が付くと目の前に、愛しい人の寝顔がありました。周りを良く見ると、ここは千反田家の縁側で、わたし達は二人でいつの間にか寝てしまったみたいです。
 その寝顔にそっと触れてみます。何時もの癖で触る前髪や、鼻筋、そして唇に軽く指先で触れます。その時、私の指先が軽く咥えられました。
「おめざめですか……」
「ああ、お前の寝顔を見ていたらこっちも寝てしまった。高校の頃の夢を見ていた。何だか俺とお前が高校生なのに夫婦でな。それが学校で問題になって……どうした? 何故笑う?」
「摩耶花さんが古典部に伝えに来てくれたのですよね?」
「あれ? お前……そうか、一緒だったよな……夢の中だったけどな」
「同じような夢を見ていた様ですね」
「ああ、そうだな……不思議な事があるものだな」
 夫は優しく私を抱きしめます。そして
「今だから言うけど、あの頃、本当にお前を抱きしめて見たかった時が何回かあってな。でも必死で自分を抑えたよ」
 わたしだって、抱きしめられる事を何回も夢にみました。でも、それは今でも変わりないかも知れません。
「お前と一緒になれて本当に良かった……いまさらながらそう思うよ」
 まあ、こんな事を言うなんて珍しい事です。照れて何時もは言わない事まで言ってるみたいです。
 まさか、これも夢では無いですよね。そう思った瞬間、口が塞がれました。甘い柔らかな感触がわたしを襲います。
 夢ではありませんでした……
 夕飯の支度が待っていますが、もう少しだけこのままで……


 了

氷菓二次創作  「あなたといつまでも」

「あなたといつまでも」

 田植えも終り六月もそろそろと言う頃、わたしはタクシーの後部に座っていました。梅雨の垂れこめた雲が重そうに空に游いでいます。
「一雨来ますかねえ?」
 運転手さんの言葉に
「そうですね。来るかも知れませんね」
 と曖昧に答えます。車は目的の場所に近づきました。
「裏の社務所の方に着けましょうか?」
「いいえ、ここで結構です。石段を登りますから」
 そう言って車を停めて貰い、料金を払って車を降りると、湿った風が体を抜けます。空を見ると今のわたしの心の様に重く垂れ込めていました。
 今日は千反田を代表して父の名代としてここ荒楠神社にやって来たのです。今日は『一粒万倍日』(いちりゅうまんばいび)にあたり、その上『大土始まり』(おおつち)に当たるので農作業は出来ません。『大土』の日は土をいじつてはならない、とされているのです。
 そこで陣出や千反田家では古くからこの田植えが終わったこの日を選んで地元の氏神様に豊作と無事作物が育つ様にお祈りをするのです。
 そこで、父が名代として水梨神社に出かけています。わたしは、父の代から親交がある荒楠神社に父の名代としてこうして出向いているのです。この手の事は成人した千反田を継ぐ者に課せられた仕事でもあるのです。

 石段を登りながら、考えを巡らします。
 先日、折木さんと結納を正式に交わし晴れて婚約者となりました。それは嬉しさで身も心も天に登る気持ちでした。余程の間違いが起こらなければ、秋には夫婦となります。そうですわたしが望んでいた事でした。そして折木さんも同じ気持だと思います。
 晴れて婚約者と呼ばれる嬉しさは経験者でなければ実感出来ないかも知れません。
 でも……日一日と日が経つに連れて段々とわたしの心に漠然とした不安がもたげて来たのです。
『わたしは果たして千反田の家を上手く継いで行けるのだろうか? 父と折木さんの間を上手く取り持って行けるのだろうか? それに、わたしは折木さんを本当に縛りつける様な事をしていないだろうか?』
 そんな気持ちに心が揺れ動いています。何も無かった事になれば、この気持も無くなるのは判っていますが、そんな事はわたしは望みません。
 高校時代からお慕いしていた折木さんと晴れて夫婦になれる喜びも大きいからです。でも、それと同時に先程の黒い思いも湧きだして来るのです。その心の状態にわたしの気持も揺れ動いているのです。どうしたら良いのでしょうか……

 石段を登りきり拝殿でお参りをしてから社務所を訪れます。拝殿では神様に沢山お願いをしてしまいました。
「本日はご苦労様でした。どうぞこちらにお上がりください」
 かほさんが、何時もと変わらなく出迎えてくれました。
「本日は千反田の名代としてお祈りをお願いに参りました。どうぞ宜しくお願い致します」
 わたしも口上を述べます。
「さ、える。上がって!」
 今度は何時もの口調に戻ってかほさんが笑顔を見せてくれました。社務所に上がらせて戴いて、通された何時もの部屋で座っていると、祭司さんがかほさんの旦那様を伴ってお見えになりました。
「本日は良くおいでなさいました。今日は私が執り行いますが、この者も今後の為に一緒に助手と言う形で一緒にやって貰います。そこをどうかご承知ください」
 そうなのです。かほさんは東京の大学で神職の専門の学部に進学して、神主の資格を取ったのです。そしてそこでお婿さんも見つけてしまった。と言う訳なのです。
「はい、こちらこそ宜しくお願い致します」
 そう、わたしが返事をして、準備の為にお二人が神殿の方に向かって行きました。
 やがて「準備が整いました」と言う声で、わたしも神殿の方に向かいます。かほさんが巫女の装束で先導してくれます。

 神殿に入ると司祭さんとかほさんの旦那様が二人で出迎えてくれました。
 司祭さんが神殿の前に立ち、その脇にお婿さんが付き添います。そしてお祓いをしてくれ、豊作の文言を唱えてくれます。その後、私が玉串を奉納して、お祓いをしてくれて、儀式は終わりです。
 社務所に帰ると父から預かった初穂料をが入った包みをそのまま渡しました。替りにかほさんが、荒楠神社の御札をくださいました。
 儀式が全て終ると、かほさんが
「える、婚約おめどとう! いよいよ秋には結婚ね」
 かほさんは微笑みながら語りかけてくれます。
「かほさんこそ、東京に行ったと思ったら、素敵な旦那様を連れて戻って来て……」
「まあ、同じ学部だったから手短で調達したのよ」
 そう言いますが、それが本心で無い事をわたしは知っています。神社の家系では無い今の旦那様をかほさんは、お父様に婿として入籍させるのに苦心していました。そしてふたりは実力行使に出たのです。その勲章がかほさんのお腹に宿っています。
 本当は身も心も賭けた結婚だったのです。

「える、恐らく今は不安が先に立ってるかも知れないけど、折木くんを信じる事が大事よ。彼は必ずえるの為になってくれる人だと思う。頑張って!」
 かほさんはわたしの今の心を判ってくれていたのでした。その上でアドバイスしてくれたのです。
「かほさん……わたし……」
「不安で心が押しつぶされそうなんでしょう? でも信じる事よえる。折木くんを信じる事。それが大事よ。私の時は父の反対もあり、不安どころか戦いだったけどね」
 かほさんはもう一度言うと笑ってわたしを送り返してくれました。

 神社の傍ではタクシーが捕まらないので、とりあえず掴まる場所まで歩いて行きます。神山はもう夏がそこまでやって来てる気配です。重く垂れ込めた雲の合間からたまに覗くお日様はもうすっかり夏の装いです。
「あれ、千反田さんじゃない?」
 不意に後ろから声を掛けられて振り向くと福部さんでした。
「珍しい所で会うねえ。どうしたの? 買い物にでも出て来たのかい?」
 福部さんは市の職員の制服を着ていました。多分お仕事の途中なのでしょう。
「こんにちは福部さん。お仕事の途中ですか?」
「うん、福祉関係の仕事でね。市内を回って実態を調査しているんだ。千反田さんは?」
 そこで私は荒楠神社での事をお話しました。
「ふ~ん、色々と大変なんだね。婚約したのにホータローも参加させれば良かったのに……」
 何気ない福部さんの言葉でしたが、わたしは、はっとさせられました。そうなのですよね。普通はやはりそう考えますよね。それが出来なかったのはひとえに私のせいです。わたしにどこか遠慮があったからだと思います。
「摩耶花には宜しく言っておくよ。暇があったら遊びに来てね。それとホータローは使ってやらないと駄目だよ。それじゃね」
 福部さんは傍で待たせていたもう一人の方と一緒に市役所の自転車に乗って消えて行きました。
 わたしはその姿を見送りながら、やはり古くからの友人には判ってしまうものだと思わずには居られませんでした。

 かほさんにも福部さんにも、わたしの迷いが判ってしまっているのでしょうね。自分でも情けないと思います。
 家に帰る前に買い物を済ませる事にしました。市内の大きめのスーパーに向かいます。中に入り色々と物色していると今度は福部さんの奥さん、そうです摩耶花さんに出会いました。
「ちーちゃん! 珍しい場所で会うね。ここまで買い物?」
 私はつい先程、福部さんに出会った事。そして今日の荒楠神社での事などを簡単に話しました。
「少しお茶飲む時間ある?」
 勿論あります。正直、今一番相談したい人でした。もちろん、時間はたっぷりとありますので、近くの紅茶の美味しいお店に二人で入りました。

 店内は心地よい空調が効いていて、爽やかな音楽が流れています。お昼近くなので、何人かのお客さんが入っていました。わたし達二人も窓際の席に座り、私はレモンティー、摩耶花さんはオレンジジュースを頼みます。そうですお腹には二人の愛の結晶が宿っているのです。
「今年の夏は暑くなるわね」
 摩耶花さんは半分笑いながら顔の汗をハンカチで拭うのでした。
「予定日はいつでしたっけ?」
「12月、暮れなのよ」
 きっと楽しみでしょうね。わたしも将来の事を考えると……
「ちーちゃん。どう? 折木と婚約して感じが変わった?」
 摩耶花さんはまるで、わたしの気持ちを見透かした様な質問をしました。
「摩耶花さん……わたしの今の気持ちが判るのですか?」
「ちー ちゃん、わたしだって経験者よ。結婚前は色々と考えたわよ。わたしの場合はふくちゃんに妹さんが居たし、ご両親とも顔なじみとは言え、上手くやっていける だろうか? って色々考えたわ。その時、ふくちゃんがわたしをリードしてくれたわ。ちーちゃんは折木にもっと頼って良いと思うわよ。何でも自分ひとりで解 決しないで、頼ったら良いのよ」
 摩耶花さんはレモン・スカッシュにストローを刺して軽く吸い込み
「ちーちゃんは一人で何でも頑張り過ぎ! もっと折木をこき使ってやれば良いのよ。きっと折木もその方が喜ぶわよ。変に気を使わない方が上手く行くと思うな……」
 そう言ってから摩耶花さんは自分の時の失敗談や、福部さんとの結婚前の事を「今だから言えるけどね」と言いながら話してくれました。
 その心遣いが嬉しかったです。

「じゃあ、またね! 電話するから!」
 市内の商店街の角でお別れをします。その時のわたしの気持ちはもう迷いはありませんでした。空を見上げると先ほどまでの黒い雲は流れ去り、梅雨の晴れ間が顔を出していました。
 タクシーを拾って家に帰ります。高校時代はここで折木さんとお別れをして自転車で家に帰りました。時期にもよりますが、帰る頃にはすっかり暗くなっていて、暗い道は心細かったものでした。
 いつでしたか、そんな事を心配して、家に着いた頃に折木さんが電話を掛けてくれた事がありました。その気持がとても嬉しかったです。
 そうです、わたしにとってはやはり折木さんがすべてです。そんな当たり前の事すら忘れていたなんて……正直恥ずかしいです。
 家に着くと、何と水梨神社の方角から父と一緒に折木さんが歩いて来ます。何故でしょう。今日の事は千反田の家の事なので、父が水梨神社にわたしが荒楠神社に出向いたのですが……
 家の門の前で二人を待っていると折木さんがわたしに気がついてくれました。小走りでこちらに来てくれます。
「お かえり、今日は千反田家にとって大事な日だから俺も来てみたんだ。少し遅くなってしまって、一緒に荒楠神社には行けなかったが、代わりにお義父さんと一緒 に水梨神社に出向いたよ。いい勉強になった。これからお前の手助けをして行く上で欠かせない重要な事柄だからな。それに、式までの間、俺はお前の支えにな りたい……そんな大層なモノではないが力になりたいんだ。お前の背負ってる荷物を俺にも分けてくれないか……」
 何も言えませんでした。逢ったら、ああも言おう、こうも言おうと頭の中で考えていましたが、そんな必要はありませんでした。
 わたしは、わたしは、只、折木さんの胸に飛び込んで行けば良かったのです。
「どうした? うん?」
 いつの間にか、わたしは大きな腕の中に抱かれていました。
 いつまでも、いつまでも……ずっと、あなたと……

 了

氷菓二次創作  「山王祭の夜に」

「山王祭の夜に」


 四月になった。新年度だ。俺達は無事に三年生へと進級した。最も里志の奴は大分危なかったみたいだが、伊原が尻を叩いて何とか進級出来たのだった。

 そして、桜の便りともう一つ、神山には大事なものがある。「春の山王祭」だ。
 一口に「神山祭」と言われるが、春の「山王祭」と秋の「八幡祭」と別れている。「山王祭」は荒楠神社の祭りに対して「八幡祭」は八幡神社の祭礼である。
 前者は四月十四~十五と言う日程に対して後者は十月九~十と毎年決まっている。それぞれが綺羅びやかに飾られた屋台が出るのだ。屋台というのは所謂「山車」の事だ。
 それぞれの祭りがそれぞれの屋台を出すので同じ屋台が出る事は無い。だからこの屋台を見ようと全国から観光客が集まるのだ。
 俺は子供の頃から見慣れていたし、毎年大勢の観光客が市内を闊歩するので、近年は出かけないで家で大人しくしていたのだ。
 だが高校に入り、千反田と知り合いになると、彼女の親友の十文字が荒楠神社の娘という事もあり、まるきり無視という訳にも行かなくなった。

 「折木さん今度の山王祭、夜祭を一緒に見にいきませんか?」
 地学講義室で文庫本を読みふけっていた俺に千反田が不意に声を掛けた。
「十四日の夜祭か、そうだな、たまには見物に出かけるか、そういえば十文字はさぞ大変だろうな? 手伝いに行かなくてもいいのか?」
 俺の座っている机の前に立った千反田は柔らかな笑みを浮かべていた。長い髪が春の風に揺れている。
「はい、大事なお祭ですから、わたしが当日お手伝いすることは無いんです。前日の土日に少しお手伝いはしますけれども」
 そうか、案外そう言うものなのかも知れないと俺は思った。まあ、親は寄付を取られるのだろうけど……
「判った。で、どうする? 祭りの日は神高は休みでも無ければ、短縮授業にもならないぞ」
 俺が、日程のことを言うと千反田は、少し赤い顔をしながら
「そ れなんです。夜祭の始まる六時には遅くとも折木さんと落ち合っていないとならないので、良かったら、折木さんのお家で着替えさせて戴け無いでしょうか?  朝登校する時に折木さんのお家に寄って着替えの荷物を置かせて戴き、一緒に登校して、帰りに寄らせて戴いて着替えて一緒に夜祭を見に行く。というのはどう でしょうか?」
 なんて事は無い、千反田はちゃんと計画していたのだ。この分ならきっと姉貴にも連絡しているのだろう。
「ああ、それで良いよ。そうしよう」
 俺が殆んど「事後承諾」の様な感じで俺と千反田は一緒に山王祭の夜祭を見物に行く事が決まった。

 十四日の朝、千反田は俺が起きる頃にもうやって来て
「交通規制があるので早く来ちゃいました。ご迷惑でしたか?」
 寝ぼけ眼の俺に朝からテンションの高い様子を魅せつける。
「いいのよ! えるちゃんなら何時でも歓迎だからね」
 姉貴が珍しく早起きしている。こっちも朝からテンションが高い。千反田の持ってきた荷物を見るとギョッとした。
「何か、凄いな、そんなにあるのか……」
 俺が大きな荷物を凝視すると千反田は
「恥ずかしいから余り見ないでください」
 そう言って赤い顔をした。

 千反田は自転車を我が家に置くと、一緒に俺と歩いて通学した。途中で伊原と里志の二人連れと出会った。やはり今夜二人で一緒に出かけるらしい。
「ホータロー、悪いけど祭りの夜なんだから一緒には出来ないよ。別々に行動しようね」
 里志が意味深な言葉を言うが、きっと付き合い出してから春の祭りを一緒に見に行くのは始めてだから想いも違うのだろうと理解した。
「ああ、判ったよ。俺達も今夜は一緒に見に行くんだ」
 俺がその事を言うと里志と伊原は目を丸くして、それぞれ
「ホータロー、ちゃんと千反田さんをリードするんだよ」
「折木、ちーちゃんと一緒に山王祭の夜祭を見物出来る幸せをちゃんと考えるのよ」
 等と、相変わらず言いたい事を言う。
「ああ、大丈夫だ。任せておけ」
 そう言って別れた。

 午後三時過ぎにHRが終わると千反田が俺のクラスに顔を出した。教室の後ろの出入口に立っていると、殆んどの男子が千反田に見とれていた。そして、千反田が俺と一緒に帰るのだと判ると何とも言えない顔をするのだ。
「おう、じゃあ帰ろうか」
 そう言って二人で家路に着く。幸い今日はいい天気で、きっと昼の巡航も行われたに違い無いと思う。
 今夜の夜祭は、午後六時に上川原町を出発、中橋を渡り神明町を東進し、上一之町を北進して、安川通りを西進し鍛冶橋を渡って本町を南進し、移動順道場(中橋公園)にて曳き別れる事になっている。
 毎年同じだが、今年の情報は千反田が俺に教えてくれたのだ。

 家に帰ると姉貴が待っていて、さっさと千反田を取り込んで
「えるちゃんは着替えるんだから、覗いたら駄目だからね」
 などと怖い事を言う
「ああ、判ったよ俺も着替えるから」
 そう言い残して二階の自分の部屋に入り着替え始める。
 着替えてリビングに行き、コーヒーを入れて飲んでいると姉貴の部屋から女二人の歓声が聴こえるが覗く訳にも行かない。

 一時間近くも経った頃だろうか「おまたせ!」という姉貴の声で二人が部屋から出て来た。俺はその姿を見た時に思わず小さな声を出してしまった。千反田は髪をアップに纏め上げ、薄化粧をして、桜の柄の着物を着ていた。
 正直、綺麗だと想った。見ていたら何だか胸が一杯になってしまった。
「どうですか折木さん」
 千反田にそう言われたのだが俺は中々声を出す事が出来なくて
「あ、ああ綺麗だ。良く似合ってるよ」
 それだけ言うのがやっとだった。
「何、その情け無い褒め言葉は、わたしの弟ならもっと気の効いた言葉を言いなさいよ。ゴメンネえるちゃん、こんな弟で」
「いえ、いいんです。ちゃんと折木さんが見てくれたので、わたし、それだけで満足です」
 千反田にそう言われて、俺は着物が振り袖である事に気がついた。確か以前大学に入るまでは駄目だと言われていたと思い出したのだが……
「振り袖なんだな……初めて見たよ」
 俺の言葉に千反田は耳まで赤くして
「後で、訳を言います。その、二人だけの時間に……」
 そう言って俺の手を軽く握り
「さあ、行きましょう。良い場所を確保しないと」
「そうよ、早く行きなさい」
 姉貴の言葉に送られて、俺と千反田は街に繰り出した。

 街は既に大勢の人々で混雑をしているが、通り過ぎる人の殆んどが千反田の姿を見て振り返る。それだけ特に目立っていた。
 大勢の観光客に混じりながらも中橋のあたりに何とか場所を確保出来た。千反田の知り合いが確保しておいてくれたそうだ。ここでも旧家の顔が利く。
 六時になり巡航が始まった。夜の街は幾つもの赤い提灯に照らされて、幻想的な雰囲気を漂わせている。
 その中を最初の屋台「神楽台」がやって来た。百個もの提灯を灯した屋台は綺羅びやかで、その姿を撮影しようと、一斉にフラッシュが焚かれる。俺は千反田の手を強く握って離れ離れにならない様に気をつける。
 中橋を渡る屋台は橋の袂の咲き始めた桜と合いまって、とても幻想的だ。そして俺の隣には薄化粧をした振り袖の千反田がいる。夢の様な光景かと想う……
 その千反田が俺の耳元に小声で
「お祭りの夜だけは女性が男性に積極的になっても良いとされています。だから今日わたし、折木さんに見て貰いたくて母に無理を言って振り袖を出して貰いました。どうしても春の山王祭の夜祭にこの姿を折木さんに見て欲しかったのです」
 その気持ちは、痛いほど俺に伝わった。俺はなんて幸せ者かと想う。
「千反田、本当に綺麗だよ。俺にはお前の姿の方が屋台よりも数倍綺羅びやかに見えたよ」
 俺は千反田の目を見つめながらやはり耳元で囁くと千反田は俺に体を預けて来た。それをしっかりと受け止める。
 やがて次から次へと来る屋台を俺達は何時迄も眺めていた。
 今夜は祭りの夜だ。千反田を送って行くのも遅くなっても良いだろう……
 俺は振り袖の持つ意味を考えていた。

  了

氷菓二次創作  「名前で呼び合う時」

「名前で呼び合う時」

 陣出に向かう県道を俺はひたすら千反田邸に向かって自転車を漕いでいる。千反田と付き合い出してほぼ一年、休日は千反田邸に向かうのが習慣となってしまった。
「お前の横に立てる人間になりたい」
 口では大層な事を話したが、その実俺は千反田家の家業について何も知らなかった。それならば、教えを請うが良いと千反田の親父さんに言われ、こうして休みの度に向かっているのだ。
「不言実行」が昔の男なら今は「有言実行」だろうか?
 俺はせめて「有言不実行」にはなりたく無いと思いながら自転車を漕ぐペダルに力が入る。
 既に二学期が始まり、この辺の農家も早稲なら借り入れを考える時期に来ている。先週の台風も大した事は無く一安心だ。
 千反田邸のある陣出に行くには長い坂を登ら無いとならないが、本来ここは峠では無かったかと思う。今は直線で登り、直線で降りて行くが、このぐらいでは峠にはならなかったのだろうか?
 そんな下らない事を考えながら坂を自転車を降りて押して登って行く。坂の真上まで登ると、その先に陣出の一帯が見渡せる。
 その中央にこんもりとした森が見えるが、その一角が千反田邸だ。ここから、あそこまで直線でも三キロはあるだろう。そんな距離があるにも関わらずにも、家が見えることが凄いころなのだが、千反田本人は、そうとも思って無いらしい。
 曰く「わたしのうちは普通ですよ」と言ったのだ。何処にこんな広い普通の家があるものか……その点であいつは常識が無い。

 下り坂になる。ここからは随分と楽になる。なんせ、下り坂だから、そのまま乗っていれば良いのだ。ブレーキに手を掛けて、そのまま坂に自転車をのせるとひとりでに走り出す。
 俺は髪に風を受けて、空気を切り裂きながら下って行く。春なら、恐らく満開だろう狂い咲きの桜の下を一気に走り抜ける。この”通勤路”の一番の楽しみだ。そのまま全速力で千反田邸まで走って行くと今日は門の前で千反田が待っていた。
「どうしたんだ? 誰か待っているのか?」
 そう俺が訊くと千反田は
「はい、折木さんをお待ちしていました」そう言うでは無いか。
「何故、わざわざ家の前で俺を待つ? 何時も通り家の中で待てば良いだろう?」
 そう言って千反田の様子を伺うと千反田は嬉しそうな顔をして
「今日は特別の日なので、表でお迎えしたのです」
 にこにこしている千反田を見て、俺は訳が判らず困惑していると、家の中から親父さんが顔を出して
「おい、える早く折木くんに家の中に入って貰いなさい」
 そう千反田に言いつけた。まあ、俺としても早く家の中に入って着替えて作業に出たいのだ。

 家の中におじゃまして、何時もの着替える裏手の作業所に行こうとすると、千反田が俺のシャツの裾を引っ張る。
「うん? どうしたんだ」
 千反田に尋ねると
「今日は特別な神事を行って欲しいのです。ですから今日は作業着ではなく、これを着て欲しいのです」
 そう言って俺に差し出したのは、白い装束で、神社の神事等に使われる衣装の様だった。
「これを着るのか? いったい何故だ?」
 俺の問に千反田は
「今日は水梨神社に、今年の早稲のお米を刈り取り奉納して、今年の陣出の田圃の豊作を願うのです。それは男子でなければなりません。そこで今年は折木さんにやって欲しいのです」
 俺は驚いた。その事は俺も昨年見ていたが、確か親父さんがやっていたハズだ。何で今年は俺で、しかも今日いきなりなのだ? その事を千反田に言うと千反田は
「だって、事前に言うと折木さんは嫌がると思いまして……」
 確かにそう言われては返す言葉も無いのだが……
「判ったよ! やる!やらせて貰うよ。でもいいのか?俺みたいなよそ者がやっても……」
 そう言うと千反田は頬を赤くさせて
「今はよその地域ですが、そのうちわたしの家の人になります……」
 そう言ったのだ! 確かに俺もその思いではいたが、千反田にそう言われるとは……
 言った千反田は耳まで真っ赤にして俯いてる。
「千反田、お前の気持ちは良く判ったよ。俺もいずれは同じ気持ちだ」
それを聴いた千反田の顔は明るくなり、俺に抱きついて来た。
「おい、人前だから……」
 俺が言っても暫くは放してくれなかった。

 借り入れる田圃は「神田」と呼ばれている田圃で、ここは早稲が植わっている。俺は白装束に烏帽子みたいな帽子を被り、その田圃に入って鎌で刈り取って行く。
 大した大きさの田圃では無いが、なんせ経験が無いのと、この装束が動きづらいので、大変なのだ。それでも小一時間もするとそこだけは刈り取れた。もう腰がパンパンで、完全に参ってしまった。
 その次は借り入れた稲を藁で縛りある程度の大きさに揃えて行く。そして、その束の一つを神社に奉納するのだ。
 俺はその白装束のまま千反田の親父さんと水梨神社に向かった。親父さんも俺と同じ白装束を着ている。
 神社では神主さんに三方に載せた稲の束をお祓いを受けた後に渡すと、神主さんはそれを祭壇に捧げ、勅をあげ、お祓いをして儀式は終わる。その間俺と親父さんはずっと頭をサゲているのだ。
 終わって千反田邸に帰って来て着替えて田圃に出ようとすると千反田が
「折木さんもうお昼ですよ。お仕事は午後からで良いじゃありませんか」
 なんだ、いつの間にかお昼になっていたのか、気が付かなかった。何時もは田圃や縁側でご馳走になるのだが、今日は広間で座卓の上に結構なご馳走が並んでいた。きっと千反田とお袋さんの手作りだと思う。座卓にはビールとお酒も上がってる。そうか、今日は霽れの日なんだ。だからご馳走が並び、お酒も出ているのだと思いあったった。
「折木くんは未成年だけど、儀式みたいなものだから、一応口だけは付ける様にね」
 親父さんがそう言ってくれたが、ビールの一杯ぐらいは正直平気だ。その旨を言うと親父さんは笑って「そりゃいい!」と喜んでくれた。結局ビール一杯だけ付き合う事になった。親父さんと俺がビールでお袋さんと千反田がウーロン茶で乾杯した。
 何時も千反田の料理は旨いと思うが今日は特に素晴らしい。それを千反田に言うと、本当に嬉しそうな顔をした。
「えるは折木さんに褒められると、家で寝るまで何回もわたし達に言うのですよ」
 お袋さんがそう言って千反田の秘密をばらすと千反田は顔を真赤にして怒り始めた
「お母様、それは言わない約束でした。わたし折木さんの前で恥ずかしいです」
 実際、学校では見られない素の千反田を、見られた事だけでも俺にとっては、嬉しい誤算だったのだ。
 
 結局、午後からは大した事は出来なかった。夕方、俺と千反田は田圃のあぜ道を手を繋ぎながら歩いている。
「今日は何時ものとは違う千反田が見られて俺は幸せだったな」
「あら、何時ものわたしはお嫌いですか?」
「いや、そうじゃない、作っていない素のお前が見られたからさ。いずれ一緒に暮す様になれば、何時も作っては居られないからな」
 そう俺が言うと千反田は
「じゃあ、素のわたしはどうでしたか? 気に入ってくれましたか?」
 言いながら俺の顔を覗き込む。俺は千反田を後ろから抱きしめると耳元で
「これが俺の素の姿さ、何時もお前をこうしていたい……
「まあ、随分甘えん坊さんですね」
「甘えん坊は嫌いかい?」
「いいえ、折木さんなら、構いません。それじゃ私も素になります」
 そう言うと千反田はくるりと回れ右をして俺と向きあった。そしてそのまま俺の後ろに手を回して俺を抱き締める。俺もそれを受けて、千反田をしっかりと抱きしめ
「絶対に放さないからな、える」
 そう名前を言うと千反田も手に力を込めて
「わたしもです絶対に放しません……奉太郎さん……」
 と、初めて俺の事を名前で呼んだのだった。

 秋の風が吹き始めた田圃の中で俺たちは何時までも抱き合っていたのだった。



  了

氷菓二次創作  「セーラー服とエプロン」

支離滅裂な設定です。
千反田さんが奉太郎に夕飯を作ってあげる話です

「セーラー服とエプロン」


 俺が千反田に事実上のプロポーズをしてから少し経った頃の地学講義室。いつものように部室には俺と千反田しかいなかった。里志はきっと総務委員会だろうし、伊原は図書室に決まっていた。
 千反田はあれから物凄く機嫌がいい日が続いている。その点では良かったと俺も想うのだが、なんせ重大な事をあっさり決めてしまって、後から判った事だがどうやらこれも姉貴が絡んでいたらしい。まさかそんな事は千反田には言えない。
 俺は話題を変える為に、姉貴と親父両方が居なくなるという話題を千反田に言っていた。
「え、暫くおうちに誰も居なくなるのですか?」
「いや、俺はいるぞ。つまり姉貴はまた『交流協会』がらみで今度は中米から南米を廻るらしい。マチュピチュの遺跡とか巡るそうだ」
 俺が千反田に今度の姉貴の旅行を説明していると、千反田は
「いいですねえ~マチュピチュですか。わたしも一度は行ってみたいです」
 そう言ってうっとりしている。
「それだけなら別になんとも無いんだが、親父がな、ひと月ばかり北海道へ長期出張が決まってな。その間折木の家は俺だけになるという寸法さ」
 そう俺が説明すると千反田の目が輝き出した。
「折木さん!それなら私が毎日御飯の支度をしに通っても良いですか?」
「はあ?なんでそうなるんだ?」
「それが不味ければ、折木さんがいっその事、ウチに泊まりませんか!?」
 おい、どうしてそう飛躍するんだ……
「あのなあ、朝はパンとコーヒーで今までも過ごして来たから問題は無い。お昼は学校でパンを買う。帰りはコンビニでなんか買えば良い。何の問題もないだろう」
 そう俺が言うと千反田は顔色を変えて
「とんでもありません。大事な将来の私の夫をそんな劣悪な環境に置く訳にはイケマセン」
 腕を組んで考え事をしている。
「判りました。わたしが学校の帰りに折木さんと夕飯の買い物をして折木さんの家に寄り、夕食を作ってのちに帰れば良いのです」
「千反田、それを毎日続けるのか?」
「それは、当然だと思いますよ。だって大事な折木さんを栄養失調なんかにさせたら申し訳がありません」
 おい千反田、誰に対してだよ……
 俺の抵抗や反対は全く無視され、そのように決まってしまった。

 家に帰り姉貴に事の次第を報告すると
「あら、良かったわ。わたしも可愛い弟がひもじい思いをしなくて済むなら大歓迎だわ。出発までにえるちゃんに電話して良く頼んでおくわ」
 姉貴余計な事はしなくて良いぞ。誰もいない間、俺は俺で一人の生活を楽しむ積りだったのだ。やはり言わなければ良かったかと、思い直す。教室で笑顔でいる恋人を思い出して、毎日で無ければ良いだろうと思い直した。
 姉貴は千反田に後の事をくれぐれも宜しくと頼み海外へと旅立って行った。二、三日は姉貴が色々と作ってタッパに詰めて冷蔵庫や冷凍庫に一杯詰めて行ったので取り敢えずは困らない。千反田はそれを見て少し悔しがった。初日からウチに来る積りだったのだろうか……
 結論から言うと姉貴の用意したおかずのたぐいは一週間は持った。本当は俺一人だからもっと持ったのだが千反田が
「一週間以上経つと冷凍でも品質が落ちて来ますので、食べた方が宜しいと思いますよ。出来たらお手伝いしましょうか?」
 そう言って、俺の家に上がり込んで夕食を食べて帰ったのだ。全く、俺しかいない家に上がり込むなんて、と言ったら
「わたしは大丈夫ですよ。何も問題は無いと思いますけど……」
 そう言って取り合わない。俺としても一人で食べるのに飽きて来た頃だったので、本音では嬉しかったのだ。だが、あからさまにその姿を見せる訳にはいかないと甘い顔は見せなかったのだ。

「それじゃ、今日から一緒にお買い物をして帰りましょう」
 そう言って千反田はニコニコしている。
「暫く部活は休業だな」
「そうですね。でも見方を変えれば部室で行なっていないだけで事実上は同じですよ」
 それが千反田のものの見方なのだと思う。学校の帰りにスーパーに寄り千反田は自転車の買い物カゴ一杯の食材を買った。
「多すぎないか?」
 そう訊くと、千反田は笑って
「安売りしていましたので明日の分も買って仕舞いました。節約です。これはお釣りです」
 千反田はお釣りを俺に渡してくれようとしたが、俺は思い直して
「なあ、千反田、そうやって金銭の管理もやるなら、姉貴から預かった金を預けるから、管理してくれるか?」
 俺は段々めんどくさくなって来ていて、千反田が全てやってくれるなら、それも良いかと思い直したのだ。
 俺の言葉に千反田は
「いいのですか!? お任せして戴けるなら頑張ります」
 返って嬉しがっているのだ。
「うふふ、何だか未来の家庭のシュミレーションみたいですね」
 そうか、見方を変えればそうなる訳か……それも悪くは無いのかも知れない。

 家につくと千反田はいそいそと支度に取りかかる。制服のセーラー服の上にピンクのエプロンを締めて嬉しそうにじゃがいもの皮を剥いている。正直、その格好を悪くないと思ってしまう。
「何を作るんだ?」
 台所に顔を出して千反田に尋ねると
「ああん、だんな様はリビングで座っていてください。でも今日は初日なので特別に教えてあげます。うふふ女の子が彼氏に作る料理は『肉じゃが』に決まってるじゃありませんか!」
 なるほど、そうと決まってるのか。それは知らなんだ。
「でも、明日からは着替を持って来て置かして貰わないといけませんね」
「着替?」
「そうです!制服ばかりだと汚して仕舞いますから。一応制服は2着ずつは持っていますけどね。あ、ちなみに入須さんは3着持っているそうですよ」
 なんでそこに入須が出てくるんだ……理解に苦しむ処だ。でも、なんだかんだと言っても毎日、千反田のエプロン姿を見られるのは至福の時間かも知れないと思う。

 なんだかんだと言っているうちに料理が出来上がった。献立は「肉じゃが」「野菜サラダ」「厚焼き卵」「茄子のはさみ焼き」それに味噌汁とお新香だ。時間がかからずにこれだけの料理を作るのはやはり凄いと思う。
「さあ出来ました」と言ってリビングに並べて行くのだが何だか料理の量が多い様な気がするのだが……気のせいだろうか?
 そこまで思っていたら、玄関で呼び鈴が鳴った。誰だろうと出てみると、なんと里志と伊原だった。
「やあ、ホータロー招きに預かりやって来たよ」
「うん?招き?」
「折木、こんばんは。あんたがちーちゃんに変な事をしないか邪魔しに来たわよ」
 伊原がそう言って笑いながら入って来る。
「せつかくだからわたしがお呼びしたんです」
 千反田は俺に向かって笑いながら言う。そして傍に来て耳打ちするには
「ほら新婚の家庭にお客様を呼ぶ様な感じでしょう」
 そう言ったのだ。つまりこれは未来のシュミレーションを完全に目論んでいたではないか……俺は上手く乗せられた?
 怪訝な顔をしている俺を無視して三人はリビングに座って、早くも千反田が御飯をよそい出している。
「ほらホータロー何やってるだよ早くすわりなよ」
 里志が嬉しそうな顔をして俺を呼んでる。
「あんた、ここまで来て、まだちーちゃんに変な事考えているの」
 とんでも無い。今の俺にそんな余裕は無い。
 空いている席に座る。用意されていたのは、当然の様に千反田の隣だ。この前もそうだったが、二人で食べると向かい合わせになる。隣に並んでは恐らく食べないだろう。これは嬉しい事だったが、千反田はもしかしてこれを狙っていたのか?
「そうやって、二人並んでると本当に夫婦みたいよ」
 そう言う伊原の言葉にお互いを意識してしまう。横の千反田を見ると耳まで真っ赤に染めて、嬉しい様な恥ずかしい様な千反田の顔を見ると俺も口角が下がってしまう。
「折木あんたヤニ下がってるんじゃ無いわよ」
 伊原の寸鉄が飛ぶ。もう流石に慣れたけどな。

 千反田が里志、伊原の順に御飯をよそってくれる。次が俺の番だ。「はい折木さん」
 満面の笑みを浮かべて両の手で御飯茶碗を持っている。俺はそれを千反田から受け取る様に両手を千反田の方に差し出すと、俺の指と千反田の指の先が軽く触れる。思わずお互いの顔をを見てしまう。俺は「短命」かも知れない……
 だが、それからが俺の想像の上を行ったのだ。千反田が俺の胸に飛び込んで来たのだ。御飯を落とさない様にテーブルに置くと、しっかりと千反田を抱きしめる。
「まっ! 折木!」
「いや~ごちそう様」
 反対側の二人の方が照れている。そして俺の胸から顔を上げて
「わたし、お二人の前で一度で良いから、こういう事をやって見たかったのです」
「千反田…‥」
「最初で最後ですから……」
 そう言って最後の自分の分をよそう。
「いただきます」
 四人で声を揃えて軽く拝むと楽しい食事が始まる。
「いや~千反田さんの肉じゃが、最高だね!」
「ほんと、この茄子も美味しい!今度作り方教えて?」
 里志と伊原の喜んだ声を聞いて。これはこれで良いものだと思い直すのだった。
 これからは千反田を家まで送って行くのが日課となりそうだな。俺は千反田の手料理を食べながらそう思うのだった。
 でもそれも悪くは無いのかも知れない……


  了
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