「雅也の正月」
朝の陽光が雅也の顔を照らすと、眩しくて目を覚ました。時計を見ると8時を過ぎていた。
「もう少し寝ていようか?」
そんな事を思っていると、不意にコーヒーが飲みたくなった。
「起きるか、何をする訳じゃ無いが、新年早々だらだらしてるのもな……」
そんな事を呟きながら起き上がる。トイレに行き顔を洗って口を濯いで、調理場のガズ台に水を入れた薬缶を乗せる。電気ポットもあるが、自分だけの時はコ ンセントを抜いている。それは自分一人ならば無駄と考えているからだ。沸かした湯は普通のポットに入れておく、それで充分だと思ったからだ。
部屋着に着替えてコーヒーをペーパードリップで入れて、テーブルに置き椅子に腰掛けて口にする。
「このペーパードリップは紙臭いのが玉に瑕だな、だが一人なら仕方ないな」
昨年までだったら、サブが居たのだが、今は楓先生と一緒に暮らしている。
「思えば一人で新年を迎えるのは久しぶりなんだな」
そんな事を思いながらコーヒーを飲んでいて、TVを点けてみた。くだらないバラエティは避けて、ニュースを選択する。
何気なく見ていたら、気になるニュースをやっていた。それは、某ホテルで大晦日に集団食中毒が出たという内容だった。
TVだけでは詳細が判らないので、PCを起ちあげ、ネットに接続してニュースを検索する。すると、あるサイトで詳しく載っていた。それによると……
「昨夜、都内の東都ホテルで100人規模の新年カウントダウンパーティが開かれていたのだが、12時になる前にパーティの料理を食べたお客から、腹痛や吐 き気や下痢を訴える者が続出したのだった。ホテルの地域の保健所は休日返上で、原因の究明を行っているが、医者や各施設が正月休みの為に作業が遅れてい る」
そんな内容だった。雅也は、今の時期に中毒を起こす可能性について考えていたが、推測するには余りにも情報が少なかった。
業者には同情するが、「致し方ない」というのが偽ざる心境だった。
「俺も気を付けないとな」
そう思いながら、サブに調理師の免許を取らせた時の事を思い出した。
調理師免許を取得するには、中学を卒業していること、実業に2年間従事していること。等があげられる。逆に言えば調理をする仕事で2年以上働いていれば受験資格は取れるのだ。
まあ、それだけではとても合格しないから、講習会を受けてたりするのだ。だが中学卒で働く者の殆んどが机の上の勉強が嫌いである。
だから、この講習会でちゃんと勉強する事が出来る者がそんなにいないのだ。
サブも最初は講習会についていけずに、途中で寝てしまったり、早退して帰って来てしまったりしていた。
雅也が申し込んだのは朝の9時から夕方の5時まで、昼休みを除き、6日間の講習会だった。つまり1週間ぴっちりと授業があるのだ。
サブにとっては初回はそれが駄目で当然受験しても落ちてしまった。2回目はそれを反省して、講習会の教科書を普段から少しずつ勉強したので、その時の講習会ではちゃんと勉強できたので、2回目の試験では合格したのだ。
その時に、1回目の講習会では食中毒の時に出なかったのが、カンピロバクターとノロウイルスだった。試験ではやはり細心の知識が求められるので、やはり最新の講義が必要だった。
カンピロバクターとは、カンピロバクター属菌の感染を原因とするヒトおよび家畜の感染症で、主に保菌動物のふん等が汚染源となり、食品や肉に付着して感染する。生食や加熱不十分、飲料水、サラダ、未殺菌の牛乳等も重要な要素となる。
つまり簡単に言うと、焼き肉屋さんで、生で肉を食べない事。肉を焼く箸で食事しないことが求められるのだ。良く火を通して食べていれば発生しない。
ノロウイルスは、非細菌性急性胃腸炎を引き起こすウイルスの一種で、カキなどの貝類の摂食による食中毒の原因になるほか、感染したヒトの糞便や吐瀉物、 あるいはそれらが乾燥したものから出る塵埃を介して経口感染する。つまり、簡単に言うと洗濯して干してあった洗濯物にもウイルスが付着するという事で、こ れも実際は人を介して感染発生する事が多い。防ぐには良く手を洗うことが求められている。
感染すると激しい下痢を引き出して、脱水症になり、病弱者や老人等は死に至る事もあるのだ。
「あの時も、サブに必死で教えたっけ……」
雅也はそんな事を思い出していた。未だ店をやっている時で、雅也の妻がサブにつきっきりで教えていた事も今は懐かしかった。
暮れに、妻の墓には参拝して、サブが独立して楓先生と一緒に暮らした事を報告したのだが、雅也が墓に行った時には既に花が手向けられていた。それを見て雅也は、サブと楓先生が先に報告に来たのだと理解した。楓先生は妻の事をとても慕っていたからだ。
それにしても静かな正月だと思っていると、玄関のチャイムが鳴った。
「新年早々いったい誰なのだ?」
と思ってドアを覗いてみると明美だった。何やら手に持っている。ドアを開けると明美が
「あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。本年も宜しくお願い致します」
と挨拶をするので、雅也も
「こちらこそ宜しくお願い致します」
と返した。
「いったい、どう言う風の吹き回しだい?」
笑いながら尋ねると明美も笑いながら
「サブちゃんも居ないし、寂しい正月を侘びしく送っていると思ってね。一緒の呑もうと思って来てあげたのよ!」
みると、何やら風呂敷包を下げている。
「何だそれは?」
雅也がそう頭を捻りながら考えると明美はおかしそうに
「たまには他人の作ったのを食べながら呑むのも悪く無いでしょう?」
ダイニングに上がり込んで、風呂敷を広げると、三段重ねのお重だった。
「ほお~これは、凄いな! 一人で作ったのかい? なら大したものだ」
「姐さんを偲んで呑めるのは雅也さんしか居ないでしょう! 付き合いなさいよ」
そう言ってドンドン勝手に支度を始める。勝手知ったる家である。
「まいったな~」
そう言いながらも雅也も笑っている。
今日は楽しい酒になりそうだと、雅也は思うのだった。
朝の陽光が雅也の顔を照らすと、眩しくて目を覚ました。時計を見ると8時を過ぎていた。
「もう少し寝ていようか?」
そんな事を思っていると、不意にコーヒーが飲みたくなった。
「起きるか、何をする訳じゃ無いが、新年早々だらだらしてるのもな……」
そんな事を呟きながら起き上がる。トイレに行き顔を洗って口を濯いで、調理場のガズ台に水を入れた薬缶を乗せる。電気ポットもあるが、自分だけの時はコ ンセントを抜いている。それは自分一人ならば無駄と考えているからだ。沸かした湯は普通のポットに入れておく、それで充分だと思ったからだ。
部屋着に着替えてコーヒーをペーパードリップで入れて、テーブルに置き椅子に腰掛けて口にする。
「このペーパードリップは紙臭いのが玉に瑕だな、だが一人なら仕方ないな」
昨年までだったら、サブが居たのだが、今は楓先生と一緒に暮らしている。
「思えば一人で新年を迎えるのは久しぶりなんだな」
そんな事を思いながらコーヒーを飲んでいて、TVを点けてみた。くだらないバラエティは避けて、ニュースを選択する。
何気なく見ていたら、気になるニュースをやっていた。それは、某ホテルで大晦日に集団食中毒が出たという内容だった。
TVだけでは詳細が判らないので、PCを起ちあげ、ネットに接続してニュースを検索する。すると、あるサイトで詳しく載っていた。それによると……
「昨夜、都内の東都ホテルで100人規模の新年カウントダウンパーティが開かれていたのだが、12時になる前にパーティの料理を食べたお客から、腹痛や吐 き気や下痢を訴える者が続出したのだった。ホテルの地域の保健所は休日返上で、原因の究明を行っているが、医者や各施設が正月休みの為に作業が遅れてい る」
そんな内容だった。雅也は、今の時期に中毒を起こす可能性について考えていたが、推測するには余りにも情報が少なかった。
業者には同情するが、「致し方ない」というのが偽ざる心境だった。
「俺も気を付けないとな」
そう思いながら、サブに調理師の免許を取らせた時の事を思い出した。
調理師免許を取得するには、中学を卒業していること、実業に2年間従事していること。等があげられる。逆に言えば調理をする仕事で2年以上働いていれば受験資格は取れるのだ。
まあ、それだけではとても合格しないから、講習会を受けてたりするのだ。だが中学卒で働く者の殆んどが机の上の勉強が嫌いである。
だから、この講習会でちゃんと勉強する事が出来る者がそんなにいないのだ。
サブも最初は講習会についていけずに、途中で寝てしまったり、早退して帰って来てしまったりしていた。
雅也が申し込んだのは朝の9時から夕方の5時まで、昼休みを除き、6日間の講習会だった。つまり1週間ぴっちりと授業があるのだ。
サブにとっては初回はそれが駄目で当然受験しても落ちてしまった。2回目はそれを反省して、講習会の教科書を普段から少しずつ勉強したので、その時の講習会ではちゃんと勉強できたので、2回目の試験では合格したのだ。
その時に、1回目の講習会では食中毒の時に出なかったのが、カンピロバクターとノロウイルスだった。試験ではやはり細心の知識が求められるので、やはり最新の講義が必要だった。
カンピロバクターとは、カンピロバクター属菌の感染を原因とするヒトおよび家畜の感染症で、主に保菌動物のふん等が汚染源となり、食品や肉に付着して感染する。生食や加熱不十分、飲料水、サラダ、未殺菌の牛乳等も重要な要素となる。
つまり簡単に言うと、焼き肉屋さんで、生で肉を食べない事。肉を焼く箸で食事しないことが求められるのだ。良く火を通して食べていれば発生しない。
ノロウイルスは、非細菌性急性胃腸炎を引き起こすウイルスの一種で、カキなどの貝類の摂食による食中毒の原因になるほか、感染したヒトの糞便や吐瀉物、 あるいはそれらが乾燥したものから出る塵埃を介して経口感染する。つまり、簡単に言うと洗濯して干してあった洗濯物にもウイルスが付着するという事で、こ れも実際は人を介して感染発生する事が多い。防ぐには良く手を洗うことが求められている。
感染すると激しい下痢を引き出して、脱水症になり、病弱者や老人等は死に至る事もあるのだ。
「あの時も、サブに必死で教えたっけ……」
雅也はそんな事を思い出していた。未だ店をやっている時で、雅也の妻がサブにつきっきりで教えていた事も今は懐かしかった。
暮れに、妻の墓には参拝して、サブが独立して楓先生と一緒に暮らした事を報告したのだが、雅也が墓に行った時には既に花が手向けられていた。それを見て雅也は、サブと楓先生が先に報告に来たのだと理解した。楓先生は妻の事をとても慕っていたからだ。
それにしても静かな正月だと思っていると、玄関のチャイムが鳴った。
「新年早々いったい誰なのだ?」
と思ってドアを覗いてみると明美だった。何やら手に持っている。ドアを開けると明美が
「あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。本年も宜しくお願い致します」
と挨拶をするので、雅也も
「こちらこそ宜しくお願い致します」
と返した。
「いったい、どう言う風の吹き回しだい?」
笑いながら尋ねると明美も笑いながら
「サブちゃんも居ないし、寂しい正月を侘びしく送っていると思ってね。一緒の呑もうと思って来てあげたのよ!」
みると、何やら風呂敷包を下げている。
「何だそれは?」
雅也がそう頭を捻りながら考えると明美はおかしそうに
「たまには他人の作ったのを食べながら呑むのも悪く無いでしょう?」
ダイニングに上がり込んで、風呂敷を広げると、三段重ねのお重だった。
「ほお~これは、凄いな! 一人で作ったのかい? なら大したものだ」
「姐さんを偲んで呑めるのは雅也さんしか居ないでしょう! 付き合いなさいよ」
そう言ってドンドン勝手に支度を始める。勝手知ったる家である。
「まいったな~」
そう言いながらも雅也も笑っている。
今日は楽しい酒になりそうだと、雅也は思うのだった。