今日は前半です。後半は年明けになります。

「今年の暮れは……」

 今年の正月、俺はいつもと違う年越しをしていた。恐らく将来は毎年こうなるのではなかろうかと想像させられた。

 それは十二月二十五日のことだった。里志や伊原、それに大日向も加わって「古典部」の忘年会兼クリスマスの集い(千反田はあくまでもパーティーではないと主張した)を千反田邸で行って家に帰って来た時だった。ダイニングでコーヒーを煎れて飲んでいる俺に姉貴が
「あんた、今年のお正月はどうするの? わたしは明後日からペルーに行っちゃうけど」
 そう言って俺の頭をくしゃくしゃにした。正直、姉貴がこの時期家に居ないのは前からだから気にもしていなかった。いつものように親父と雑煮でも食べれば良いと思っていたのだ。
 だが姉貴の次の言葉で俺の思惑は完全にひっくり返ってしまった。
「ああ、そう言い忘れていたけど、お父さんお正月居ないからね」
 姉貴は俺の表情を伺うように流し目で俺の事を見ていた。その目に何かの思惑を感じたと言うのは考え過ぎだろうか?
「何処か行くのか?」
「何でも実家の近くの温泉で小学校の時のクラス会があるんだって。皆、お正月には実家に帰るから集まることになったそうよ。だから、あんた一人よ、判った?」
 正直、新年草々一人になるとは思っていなかった。
「いっそのこと、えるちゃんに来て貰う? ……二人だけでこの家で新年を迎えるのも悪くないわよ。何をしても良いわけだしね」
 姉貴の言葉の後半は完全に悪意を感じるものだったが、千反田に言ってみるのも悪くないと思いあの家の正月の大変さを思い出した。うかつに声は掛けられないと考え直した。
「まあ、奉太郎のこと宜しくってわたしから声は掛けるつもりだけどね」
 何と言う事を言うのだろう。そんな事を言えば千反田のことだ『折木さん。それならわたしの家にいらっしゃいませんか?』と言うに決まってる。もし俺がそれに乗って千反田の家に行ったとしたら……
 多分、元旦は新年の挨拶の来客の対応で親父さんとお袋さん。それに千反田と場合によってはおばあさんまで夕方まで挨拶していなければならない。その間俺は多分一人になる。ならばこの家で一人で居た方が気が楽だと思った。
「姉貴、それはやめてくれ、あの家の正月は大変なんだ。新年早々そんなことになりたくない」
「あら、もうメールしちゃった!」
 はあ? おかしな話だ。千反田も俺も携帯は持っていないはずだが……
「誰がえるちゃんにメールしたって言った? メールしたのはお父さんの鉄吾先輩よ」
「親父さん? 何故姉貴が親父さんのメアドを知っているんだ?」
「当たり前でしょう。二人とも『神山高校同窓会』の役員なんだから、連絡先ぐらい知ってるわよ」
 そうか、そんなことは正直忘れていた。大体この作者は思いつきで物語を書き過ぎる。もっとちゃんとプロットを立てて……
「何一人でブツブツ言ってるの。判ったわね!? あんたはお正月は、えるちゃんの家で過ごすか、彼女に来て貰って過ごすか決めておきなさいよ」
 姉貴はそれだけを言うと自分の部屋に下がってしまった。正直、どちらも気が進まない。千反田家に行くと気を使うだろうし、千反田がこの家に正月そうそう来るとは思えないし、どちらを選択しなければならないのか、判断がつかなかった。
 自分の部屋でベッドに横たわりながら、色々と可能性を考えるが、良い案が浮かばない。いつの間にか寝てしまったようだった。

 翌朝、家の電話で目が覚めた。もう姉貴も親父も居なかった。のろのろと起きて階段を下りて電話に出る。思えば随分と気が長いと思った。俺なら十回着信音があって出なければ切るところだ。電話の主は千反田だった。
「おはようございます折木さん。昨日は楽しかったです。わたし、あまりにも楽しいので興奮してなかなか寝つけませんでした」
 電話の千反田はどうやら昨日のままらしかった。でも単なる昨日のことで電話して来ただけではあるまいと思った。すると
「今 朝、父から訊いたのですが、折木さん、お正月はお一人なんだそうですね。それで良かったら大晦日からウチに来ませんか? 折木さんと二人で年を越すのもい いなって思ったんです。実は寝付けなかつたのも、そんな事考えていたからです。朝になったら一番で電話しようと今まで我慢していたんです」
 時計を見ると九時を回っていた。千反田のよその家に電話していい時間は九時らしかった。
 なるほど、千反田らしいと思った。もし、お互いに携帯を持っていたら恐らく千反田は昨夜のうちに電話して来ただろうと推測した。
「大晦日はまだしも、元旦はお前の家は大変だろう。俺が挨拶に付き合わなくても良いかもしれんが、その間は果たしてどうするんだ?」
 俺は昨夜から思っていた疑問を口にする。
「簡単です。わたしの隣でいい子いい子していてくだされば、あっという間に夕方になります。そうしたら一緒に荒楠神社に挨拶を兼ねてお参りに行きましょう」
 聞き流せないようなことを、あっさりと言った気がした。だが。その次にとんでもない事を言い出したのだ。
「帰りはわたしが折木さんの家に寄って、そのまま泊まらせて戴いても良いですし。二日は二人だけで何処かに行きましょうか?」
「おい、元旦の夜にウチに泊まるって……誰も居ないんだぞ」
「だから、お伺いしたいのです」
 まさか……千反田がそんなことを言う訳はないとこの時初めて感じた。すると
「もし、もし、折木くん、驚きました? えるの母です! この前供恵さんから声が似てるから一度弟をからかってくれって頼まれたのです。ゴメンナサイね驚かせて……でも、えるは心の底ではきっと、そう想ってるわ。あ、横でえるが待ってるから代わりますね」
「も、もしもし……お電話代わりました……あのう、その……」
 途切れがちな言葉の向こうで千反田が耳まで真っ赤にしている姿が容易に想像出来る。
「母の言っていたことは、半分は本当で半分は嘘……じゃないですが、つまり、そのう、何と言うか、大げさだったんです。わたしが折木さんのお家に行くのは兎も角、大晦日からウチにいらっしゃいませんか? その気持は本当なんです。一緒に新年を迎えたいのです!」
「あ、ああ判った。そうか、大げさだったのか……それは残念……じゃない、兎に角、そんな時期に行っても良いなら伺わせて貰うよ」
「はい! お待ちしています!」
 結局、俺は大晦日からの数日を千反田家で過ごすことになってしまった。しかし、千反田のお母さんにはまんまと騙されてしまった。姉貴も、ここまで仕組んでおいてから昨夜の事を言ったのだな。全く油断がならない……

 果たして、元旦俺は何をしていれば良いのだろうか? 俺は目前に迫った事に思いを馳せるのだった。

 続く……