昨日の続きのようなお話です。
今日で「氷菓三次創作」は終了致します。
明日からは別な作品を掲載します。
  

「雪になったクリスマス」

 十二月になると神山は雪の日が多くなります。積もる事は滅多にありませんが、それでも自由に表を歩く事に不自由を感じます。
 今年もクリスマスがやって来ます。今年は夫が福部さん家族を呼んで楽しくやろう、と言う提案で都合が良い二十三日に行う事に決まりました。
めぐみも守屋くんを呼ぶつもりです。
 でもどうせ次のイブには二人だけで逢う約束をしていると思うのですがねえ。福部さんの所からは沙也加さんも来ます。彼女も次の日は万人橋さんとデートでしょうねえ。里志お父さんが機嫌悪くなるのでしょうね。

 さて当日は出し物を出す予定です。それはちょっとした寸劇で、主演はめぐみで補佐が私、となっています。今日もめぐみは、当時の私の仕草の練習をしています。私も娘の頃の声が出る様に発声の練習をしています。
「ああ、もう本格的にやると難しいです。お母様はどのような躾をされていたのか、想像も出来ません」
 なんてめぐみが愚痴を言っています。
「駄目ですよ、あなたは堪え性が無いから動作に品が無いのですよ。もっと間をもって動きをすると綺麗な仕草が身に付きますよ」
 私はなるべく判る様に教えているのですが、めぐみにとっては難しいのかも知れません。

さてそうこうするうちに、十二月も二十二日になりました。私とめぐみで明日のクリスマスの料理の準備をしています。今年は鶏の丸焼きも作りましょう。下ごしらえとして内蔵を取った鶏にスパイスを刷り込み、味をなじませます。
 それから、お父様とお母様にお刺身なんかも用意します。オードブルも作り、みなさんに一杯食べて貰います。
「おーい、シャンパンはこのぐらいで良いか」
 夫が裏口からカゴ一杯のシャンパンを運んで来ます。
「冷やすのは雪があるからいいか。表に出しておけばキンキンに冷えるけどな」
 夫も珍しく明日の事が楽しみの様です。
「守屋くんにはちゃんと言いました?」
 私はめぐみに訪ねると
「はい、明日の三時からなので、その前には来るという約束になっています」
「それから、あれの準備はできました?」
「大丈夫です!仕草も今回は完璧に覚えました。それから順番ですが、おばさまの後がおじさまですね?」
「そうね、あれでね麻耶花さんは結構恐がりだから、効果があるじゃないかしら」
「上手くやって、驚かせましょうね」
「そうね。何かあったら、お父様が言い出しっぺですから、お父様に責任を取って貰いましょうね」
 会の始まりを午後3時としたのは、明日は夜遅くなると雪が降ると予報で言っていたからです。
それに次の二十四日は皆さんお仕事があったり学校があるので余り遅くまでは出来ませんから開始を早くしたのです。クリスマスには雪はつきものですが、なるべくなら明日は降るのを遅れて欲しいものです。

 翌日となりました。今の処お天気も持っています。午後二時少し前になり、福部さん一家がお見えになりました。
「やあ、千反田さん。お招きに預かり参上しました」
 里志さんの陽気な声が響き渡ります。
「ちーちゃん、何か手伝う事があると思い、少し早く来たんだ」
「それから、これ、今朝私と沙也加で作ったクリスマスケーキ、後で皆で食べよう!」
 そう言って差し出されのはとても大きなケーキでした。
「ちょっと見せて貰っても良いですか?」
 箱を開けてみると、サンタさんやトナカイさんが可愛く書いてあります。
「うわぁ~凄いですねえ!こんなに凄いのを作るのは大変だったでしょう?」
「うん、まあ、沙也加と二人掛かりだから、割合平気だったの」
 ありがたく、頂戴して冷蔵庫にやっとの思いで仕舞います。
「僕も何か手伝う事は無いかい?」
 里志さんが嬉しそうに言ってくれます。
「すいません。じゃあ、大広間で夫が飾り付けをしていますので、見てやって下さい」
「オーケー簡単な事だね。早速行ってきます!」
 そう言って里志さんは大広間に消えて行きました。


 俺はさっきからこの大広間を飾り付けていた。すると向こうで聞いた声がする。里志一家がやってきたのだろう。程なく里志が顔を出した。
「やあ、ホータロー手伝いに来たよ」
「おお、悪いな。じゃあそっちを頼むわ」
「任せてくれ」
 二人で分かれて部屋の飾りつけをしながら、くだらない会話をしている。
「本当にこんなに広い部屋が自分の家にあるなんて、本当にこの家に来ると、空間の感覚が狂ってくるね。」
「俺も昔、えるに『お前の家は広い』と言ったら、『私の家はそんなに広くありませんよ』
なんて言われてな」
「でも自分で住む様になると、こんな大広間は普段使わないしな。毎日生活している空間は限られてるから、確かに多少広いかも知れんが、そんなには広くないと感じるものだと判ったよ」
 里志は黙って聞いていたが
「そんなもんかなね。僕達には判らない世界だね」
「ところで、役所はどうなったんだ?」
「ああ、十月の小異動で「市民サービス課の係長」になったよ」
「そうか、おめでとう」
「ありがとう。でも四十代のうちに課長昇進試験を受ける積りさ。係長は半端でいけない」
「中間管理職か?」
「まあ、そう言うものかな」



 二時半近くになって、守屋くんがやって来ました。
「ゴメンネ、何か手伝おうと思っていたのだけど、妹の勉強見ていたら遅くなっちゃって」
「ううん、未だ早いから大丈夫だよ」
「そう、そう言ってくれると嬉しいなぁ……何か手伝う事無いかい?」
「じゃあ、大広間で父達が飾り付けしてるから、手伝ってくれる?」
「お安い御用さ、じゃあ」
 そう言って守屋くんを大広間に連れて行きます。
「お父様、福部のおじさま。この人が私がお付き合いしている守屋さんです」
 私は父と言うより福部のおじさまに紹介する意味で守屋くんを連れて来たのです。
「守屋路行と言います。めぐみさんと交際させて戴いています」
「ははは、そんなに固くならなくても良いよ。福部、福部里志です。沙也加の父です。高校時代は君と同じ「古典部」だったんだよ」
「そうなんですか、じゃあ福部先輩ですね。あれ、沙也加さんも福部先輩で混乱してしまいますね」
 そう言ってお互い笑っています。守屋くんは父に
「あのう、これ親から今日持って行く様に言われまして、今日皆さんで飲んで下さい」
そう言ってさっきから抱えていた風呂敷に来るんだ包を開けました。
「清酒 一人娘 吟醸さやか」と書いてあります。
「父の田舎の酒蔵の酒なんだそうです」
 二人とも驚いて見ていましたが、父が
「里志、これはお前の為の酒じゃ無いか!」
「驚いたよ僕も、まさか、ウチと同じ条件の名前の酒があるなんてねえ」
 そうです、一人娘で名前が共に「さやか」なんです。もし、守屋くんの家族の方が狙っていたら大したものですが、偶然なら出来すぎです。
「ありがたく受け取らせて貰うよ」
 そう言って父は台所にそれを持って行きました。向こうでも歓声が沸いています。沙也加姉さんも驚いているでしょうね。そうこうしているうちに準備が出来ました。


「それっ!」
 里志がコルク抜きで勢い良くシャンパンの栓を抜くと「ポン!」と言う音と供に白い泡が流れ出すので、それをグラスに注いで行く。十人分入れ終わると一斉に
「メリークリスマス!!」
 カチンとクラスを合わせて、それぞれ口を付ける
「未成年は一杯だけだぞう」
 里志が陽気に注意をする。良くもまあ、言えたもんだ。お前は高校生の頃から飲んでいただろうが……
 里志は待っていたのだろう。嬉しそうに
「じゃあ、このお酒を飲まさせて貰うよ」
 そう言って、守屋くんが持って来た吟醸「さやか」を日本酒用のグラスに注ぐ。もう二っ注いで、親子三人で口を付ける
「うん、これはいいね!」
 吟醸酒にうるさい里志を納得させるのだから、かなりいい酒なんだろう。皆にも注いで、成人皆で飲み始める。やっと宴会が盛り上がり始めた様だ……楽しそうに談笑が続いていると、えるが
「沙也加さんとめぐみ、ちょっと手伝ってくれるかしら」と二人を呼ぶ。
 例の仕掛けの合図だ。実は沙也加ちゃんには、予め両親にこういう事をすると、ちゃんと言ってあり、今回の協力者になって貰っている。今回は俺の使っているスピーカー付きのボイスレコーダーにえるの声を録音している。
ボタンで色々な会話を再現出来る優れものだ。最も、本来は会議等の会話の録音に使うのだが、これを使って二人を驚かす算段だ。
 俺は里志夫婦に更に酒を進める
「里志、ほらもっと飲んで」
「伊原も飲み足りないんじゃ無いか」
「ちょっと、折木、あたしは伊原じゃ無いって何回言わせるのよ!」
「ちょっと、摩耶花、君も折木って言ってるって……」
「いいのよ、折木は折木だから……」
 そこへ、親父さんが
「まあまあ、摩耶花さん娘が何時もお世話になって……」
 と更に酒を進める。伊原は
「あっ、お父様申し訳無いです。恐縮します」
 そう言いながらグラスを出す。すでにビールに移ってるのだが、相変わらず飲みっぷりが良い。ちょっとした豪傑の様な感じだ。里志は日本酒を黙々と飲んでいる。
 俺達が居る部屋は千反田邸でも一番大きな部屋で、各種宴会用に使われる部屋だが、
最大で百名以上入れる部屋に俺達十名では非効率的なので、三つに仕切れるので、三分の一を麩で仕切りそこで宴会を開いているのだ。従って麩の向こうは明かりも点いていない暗闇が広がっている。室内は二つのストーブがガンガンに焚かれていて、正直俺も少し暑くなって来た。
「ちょっと開けるか」
 そう言って麩を少し開ける。少し涼しい風邪が室内に入って来る。さてここまでは順調だ。この後が大事だ。
 計画では麩の向こうの暗い部屋ではめぐみがスタンバイしているはずだ。えると沙也加ちゃんが戻ってきたら仕掛けを始める手はずになっている。
「デザートの準備が出来ましたから、食べたくなったら言って下さいね」
 えるが戻って来て、沙也加ちゃんと席に座った。いよいよ仕掛け開始だ。

「伊原、暑いんじゃ無いのか?顔が真っ赤だぞ」
 言われて、伊原は
「折木、だから伊原じゃ無いって何回いわせるの……もう、でもそうね、確かに暑いわ」
「こっち来てみろよ、麩の向こうは涼しいぞ」
「そう、じゃあ、ちょっと失礼してそっちに行かせて貰うね」
 伊原は座卓を廻って俺と里志の方へやって来た。
「そっち行ってみな。涼しいから」
「うん有難う。行ってみる」
 そう行って伊原は麩の向こうへ消えた…



 今日は折木とちーちゃんには悪いけど、沢山呑ませて貰っちゃった。かなりいい気分。でもあいつ、私の事、今日はやたら「伊原」「伊原」って呼ぶから、昔の事を思い出しちゃったじゃ無い。高校の頃をさあ……楽しかったなあ~……あの頃……
「摩耶花さん……」
 え、誰?私を呼ぶのは?
「摩耶花さん……わたしです」
「ええ?だあれ?」
 思わず声が出てしまった。誰も居ないはずなのに。
「ここです、摩耶花さん」
 気のせいじゃ無い、確かにわたしを呼ぶ声がする。
「ここですよ。まやかさん」
 その声の方向を見て、驚いた!
「ちーちゃん!!どうして!!えええ!!!」
 そこには高校の頃のちーちゃんが、ほほ笑みながら立っていた。間違い無い! 確かにあの頃のちーちゃんだ! 嘘よねえ? だって、ちーちゃんは、あの麩の向こうに居るはずだから……
 でも、目の前に居るのは、やはり間違い無く、高校生のちーちゃんだ。
「摩耶花さんに逢いたくてやって来ました……」
「ど、ど、どういう事?」
 私は混乱して来た。お酒を飲み過ぎた?
 そりゃ多少は呑んだけど、これぐらいで幻なんかは見ないよねえ。すると、これは本物の幽霊?  いや、ちーちゃんは生きてるから生霊?
「でた!でた!ふくちゃんでた! ちーちゃんのお化け!!」
 私はありったけの声をだすと、麩の向こうに居る福ちゃんに抱きついた。
「福ちゃん、出たの! ちーちゃんのお化け」
「ええ、何言ってるのさ摩耶花、酔っ払ったかい」
「違うの、ほんとうなの、その麩の向こうに居るの!出たの!間違い無いの!」
「しっかりしなよ。大丈夫だから」
「本当なの、福ちゃんも見てよお願い! 本当だと判るから……」
「しょうがないなぁ~」
 そう行って夫の福ちゃんは麩の陰に消えて行きました。



 全く摩耶花の怖がりと酔っぱらいにも困ったものだね。お化けなんか居る訳が無いよね。それに今は冬だよ。季節外れだよね。
 でも、我が愛妻が言う事なら不肖福部里志はその「ちーちゃんのお化け」を確認するのです。そう思って、暗闇の先を見ると、確かに誰か居る様だ。
「誰?誰か居るの?」
 そう声を掛けると、その暗闇の主は
「こんばんは福部さん。わたしです」
 声がした方を見ると、なんと、そこには千反田さんが居るではないか。しかも高校生の頃の千反田さんが……
「福部さん、お久しぶりです。わたしのこと覚えてらっしゃいますか?」
「福部さんに逢いたくてやって来ました」
 背筋が凍るとか、腰が抜けるとか、驚く表現は色々とあると思うけど、これ程驚いたのは初めてだった。
「ははは、で、でた。確かに……千反田さんだ!」
 僕は半分腰を抜かしながらそこから逃げだした。


 
 里志さんが麩の向こうから腰を抜かして逃げて来ました。そして、摩耶花さんと二人で抱き合っています。私と、夫はここで種明かしをする事にしました。麩の向こうに居るめぐみを連れてきました。
「摩耶花さん、里志さん。ほらこうですよ」
 私達二人を見ても、未だ良く判っていないらしく
「ちーちゃんが二人に増えた!」
 なんてやってます。
「違いますよ」
 そう私が言い。めぐみが
「おじさま、おばさま、わたしです。めぐみですよ!」
 そこまで言って、やっと判ったらしく、
「ああ、そうだったのかぁ~完全に騙されたよ」
「ほんと、しかし完全に本人そのものだったわ」
「いやあ~完全に今日は騙されたね。これはホータローが考えたのかい?」
「俺もこの前騙されてな、それでお前達も騙してやろうと思ったのさ。だからやたら伊原なんて言っていたのも、少しでも気分を昔に戻す為さ」
「そうだったのね。なんか何時もより多いとは思っていたのよねえ」
 それまで黙って見ていた守屋くんが
「千反田さん。もっと良く見せて」
 そう言ってめぐみの傍に来ます。
「お母さんって高校時代こんな感じだったんだ」
 そう関心していましたが、次の言葉が強烈でした。
「千反田さんはどんな格好でも可愛くて素敵だね!」
 ……全くごちそうさまです。夫が
「さあ、酔が覚めたろう? もっと飲もうぜ」
 そう言って二人にお酒を注ぎます。

 楽しいクリスマスの宴会は未だまだ続くのでした。表を見ると雪が降り始めた様です。
 明日のイブはホワイトクリスマスですね……

 了