支離滅裂な設定です。
千反田さんが奉太郎に夕飯を作ってあげる話です

「セーラー服とエプロン」


 俺が千反田に事実上のプロポーズをしてから少し経った頃の地学講義室。いつものように部室には俺と千反田しかいなかった。里志はきっと総務委員会だろうし、伊原は図書室に決まっていた。
 千反田はあれから物凄く機嫌がいい日が続いている。その点では良かったと俺も想うのだが、なんせ重大な事をあっさり決めてしまって、後から判った事だがどうやらこれも姉貴が絡んでいたらしい。まさかそんな事は千反田には言えない。
 俺は話題を変える為に、姉貴と親父両方が居なくなるという話題を千反田に言っていた。
「え、暫くおうちに誰も居なくなるのですか?」
「いや、俺はいるぞ。つまり姉貴はまた『交流協会』がらみで今度は中米から南米を廻るらしい。マチュピチュの遺跡とか巡るそうだ」
 俺が千反田に今度の姉貴の旅行を説明していると、千反田は
「いいですねえ~マチュピチュですか。わたしも一度は行ってみたいです」
 そう言ってうっとりしている。
「それだけなら別になんとも無いんだが、親父がな、ひと月ばかり北海道へ長期出張が決まってな。その間折木の家は俺だけになるという寸法さ」
 そう俺が説明すると千反田の目が輝き出した。
「折木さん!それなら私が毎日御飯の支度をしに通っても良いですか?」
「はあ?なんでそうなるんだ?」
「それが不味ければ、折木さんがいっその事、ウチに泊まりませんか!?」
 おい、どうしてそう飛躍するんだ……
「あのなあ、朝はパンとコーヒーで今までも過ごして来たから問題は無い。お昼は学校でパンを買う。帰りはコンビニでなんか買えば良い。何の問題もないだろう」
 そう俺が言うと千反田は顔色を変えて
「とんでもありません。大事な将来の私の夫をそんな劣悪な環境に置く訳にはイケマセン」
 腕を組んで考え事をしている。
「判りました。わたしが学校の帰りに折木さんと夕飯の買い物をして折木さんの家に寄り、夕食を作ってのちに帰れば良いのです」
「千反田、それを毎日続けるのか?」
「それは、当然だと思いますよ。だって大事な折木さんを栄養失調なんかにさせたら申し訳がありません」
 おい千反田、誰に対してだよ……
 俺の抵抗や反対は全く無視され、そのように決まってしまった。

 家に帰り姉貴に事の次第を報告すると
「あら、良かったわ。わたしも可愛い弟がひもじい思いをしなくて済むなら大歓迎だわ。出発までにえるちゃんに電話して良く頼んでおくわ」
 姉貴余計な事はしなくて良いぞ。誰もいない間、俺は俺で一人の生活を楽しむ積りだったのだ。やはり言わなければ良かったかと、思い直す。教室で笑顔でいる恋人を思い出して、毎日で無ければ良いだろうと思い直した。
 姉貴は千反田に後の事をくれぐれも宜しくと頼み海外へと旅立って行った。二、三日は姉貴が色々と作ってタッパに詰めて冷蔵庫や冷凍庫に一杯詰めて行ったので取り敢えずは困らない。千反田はそれを見て少し悔しがった。初日からウチに来る積りだったのだろうか……
 結論から言うと姉貴の用意したおかずのたぐいは一週間は持った。本当は俺一人だからもっと持ったのだが千反田が
「一週間以上経つと冷凍でも品質が落ちて来ますので、食べた方が宜しいと思いますよ。出来たらお手伝いしましょうか?」
 そう言って、俺の家に上がり込んで夕食を食べて帰ったのだ。全く、俺しかいない家に上がり込むなんて、と言ったら
「わたしは大丈夫ですよ。何も問題は無いと思いますけど……」
 そう言って取り合わない。俺としても一人で食べるのに飽きて来た頃だったので、本音では嬉しかったのだ。だが、あからさまにその姿を見せる訳にはいかないと甘い顔は見せなかったのだ。

「それじゃ、今日から一緒にお買い物をして帰りましょう」
 そう言って千反田はニコニコしている。
「暫く部活は休業だな」
「そうですね。でも見方を変えれば部室で行なっていないだけで事実上は同じですよ」
 それが千反田のものの見方なのだと思う。学校の帰りにスーパーに寄り千反田は自転車の買い物カゴ一杯の食材を買った。
「多すぎないか?」
 そう訊くと、千反田は笑って
「安売りしていましたので明日の分も買って仕舞いました。節約です。これはお釣りです」
 千反田はお釣りを俺に渡してくれようとしたが、俺は思い直して
「なあ、千反田、そうやって金銭の管理もやるなら、姉貴から預かった金を預けるから、管理してくれるか?」
 俺は段々めんどくさくなって来ていて、千反田が全てやってくれるなら、それも良いかと思い直したのだ。
 俺の言葉に千反田は
「いいのですか!? お任せして戴けるなら頑張ります」
 返って嬉しがっているのだ。
「うふふ、何だか未来の家庭のシュミレーションみたいですね」
 そうか、見方を変えればそうなる訳か……それも悪くは無いのかも知れない。

 家につくと千反田はいそいそと支度に取りかかる。制服のセーラー服の上にピンクのエプロンを締めて嬉しそうにじゃがいもの皮を剥いている。正直、その格好を悪くないと思ってしまう。
「何を作るんだ?」
 台所に顔を出して千反田に尋ねると
「ああん、だんな様はリビングで座っていてください。でも今日は初日なので特別に教えてあげます。うふふ女の子が彼氏に作る料理は『肉じゃが』に決まってるじゃありませんか!」
 なるほど、そうと決まってるのか。それは知らなんだ。
「でも、明日からは着替を持って来て置かして貰わないといけませんね」
「着替?」
「そうです!制服ばかりだと汚して仕舞いますから。一応制服は2着ずつは持っていますけどね。あ、ちなみに入須さんは3着持っているそうですよ」
 なんでそこに入須が出てくるんだ……理解に苦しむ処だ。でも、なんだかんだと言っても毎日、千反田のエプロン姿を見られるのは至福の時間かも知れないと思う。

 なんだかんだと言っているうちに料理が出来上がった。献立は「肉じゃが」「野菜サラダ」「厚焼き卵」「茄子のはさみ焼き」それに味噌汁とお新香だ。時間がかからずにこれだけの料理を作るのはやはり凄いと思う。
「さあ出来ました」と言ってリビングに並べて行くのだが何だか料理の量が多い様な気がするのだが……気のせいだろうか?
 そこまで思っていたら、玄関で呼び鈴が鳴った。誰だろうと出てみると、なんと里志と伊原だった。
「やあ、ホータロー招きに預かりやって来たよ」
「うん?招き?」
「折木、こんばんは。あんたがちーちゃんに変な事をしないか邪魔しに来たわよ」
 伊原がそう言って笑いながら入って来る。
「せつかくだからわたしがお呼びしたんです」
 千反田は俺に向かって笑いながら言う。そして傍に来て耳打ちするには
「ほら新婚の家庭にお客様を呼ぶ様な感じでしょう」
 そう言ったのだ。つまりこれは未来のシュミレーションを完全に目論んでいたではないか……俺は上手く乗せられた?
 怪訝な顔をしている俺を無視して三人はリビングに座って、早くも千反田が御飯をよそい出している。
「ほらホータロー何やってるだよ早くすわりなよ」
 里志が嬉しそうな顔をして俺を呼んでる。
「あんた、ここまで来て、まだちーちゃんに変な事考えているの」
 とんでも無い。今の俺にそんな余裕は無い。
 空いている席に座る。用意されていたのは、当然の様に千反田の隣だ。この前もそうだったが、二人で食べると向かい合わせになる。隣に並んでは恐らく食べないだろう。これは嬉しい事だったが、千反田はもしかしてこれを狙っていたのか?
「そうやって、二人並んでると本当に夫婦みたいよ」
 そう言う伊原の言葉にお互いを意識してしまう。横の千反田を見ると耳まで真っ赤に染めて、嬉しい様な恥ずかしい様な千反田の顔を見ると俺も口角が下がってしまう。
「折木あんたヤニ下がってるんじゃ無いわよ」
 伊原の寸鉄が飛ぶ。もう流石に慣れたけどな。

 千反田が里志、伊原の順に御飯をよそってくれる。次が俺の番だ。「はい折木さん」
 満面の笑みを浮かべて両の手で御飯茶碗を持っている。俺はそれを千反田から受け取る様に両手を千反田の方に差し出すと、俺の指と千反田の指の先が軽く触れる。思わずお互いの顔をを見てしまう。俺は「短命」かも知れない……
 だが、それからが俺の想像の上を行ったのだ。千反田が俺の胸に飛び込んで来たのだ。御飯を落とさない様にテーブルに置くと、しっかりと千反田を抱きしめる。
「まっ! 折木!」
「いや~ごちそう様」
 反対側の二人の方が照れている。そして俺の胸から顔を上げて
「わたし、お二人の前で一度で良いから、こういう事をやって見たかったのです」
「千反田…‥」
「最初で最後ですから……」
 そう言って最後の自分の分をよそう。
「いただきます」
 四人で声を揃えて軽く拝むと楽しい食事が始まる。
「いや~千反田さんの肉じゃが、最高だね!」
「ほんと、この茄子も美味しい!今度作り方教えて?」
 里志と伊原の喜んだ声を聞いて。これはこれで良いものだと思い直すのだった。
 これからは千反田を家まで送って行くのが日課となりそうだな。俺は千反田の手料理を食べながらそう思うのだった。
 でもそれも悪くは無いのかも知れない……


  了