「思いがけない存在」

え~、在庫がなくなりましたので、再び二次創作から在庫を出す事にします。
例によって、甘いだけの話ですので、ご注意を……
 それはある春の日の事だった。学校が午前中で終わった俺は、麗らかな陽気の午後にリビングで惰眠を貪っていた。春というのは眠くなる季節なのだ。その俺に姉貴が不意に
「ねえ、奉太郎、あんたいきなり私の他に兄弟がいると判ったらどうする?」
 何ともおかしな事を聞いて来たのだ。
「ああ? まさか親父が何処かで子供を拵えたのか? そりゃ今はお袋も亡くなって再婚しても構わないが、せめて俺が高校を卒業するまでは待っていて欲しかったな」
「あんた、何寝ぼけているの。違うわよ」
 姉貴は非難の目を俺に向ける。
「ああ、そうか、じゃあ何処かに隠し子がいたのか? ちょっとそれも今更だな……」
「あんた、何でお父さんから離れられないの! お母さんという事は考え無いの?」
 確かに、子供というのは男女二人で作るものだから、片方だけでは拵える事は出来ない。だが……
「お袋は俺が小学校5年の時に亡くなっているんだぞ。今更作る事なんか出来やしない」
 そこまで俺が言った時に姉貴の蹴りが脇腹に決まった。息が出来ずうずくまる俺……
「いい加減目を覚ましたらどうなの」
 そう言って自分の部屋に下がって行ってしまった。
 どうやら、これは宿題の様だ……

 翌日の放課後俺は部室で里志、伊原、千反田に向かって昨日姉貴が言った事を話していた。
「あんた、そんな事も判らないの? もっと賢いと思っていたけど案外だわね」
 伊原が言いたい事を言うと里志が
「ホータローは全く思いつかないのかい?」
 そう言って多少は俺の事を気にかけてくれているさすが親友だ。
「いや、ある程度は想像出来ているけど、その姉貴の真意が判らないんだ」
 それを聞いていた里志が
「ホータロー、亡くなったお母さんが供恵さんとホータロー以外に子供を産んでいるならば、それは両親が出会う前の事じゃないのかな? それともお母さんが浮……」
「ちょっとふくちゃん、それ以上は言ってはダメよ」
 伊原の忠告で里志は慌てて言葉を噤んだ。

 別にその事を考え無かった訳では無い。だが俺の母親は俺が知る限り、子供の俺から見てもそんな暇は無かったはずだ。
 病弱でいつも病院と家とを往復している様なお袋にそんな暇や体力があったとは思えなかった。

 ふと脇を見ると、目を爛々と輝かせて一人の少女が傍に立っていた。そうだ、うっかりしていた。こいつの前で兄弟の話は御法度だった。
「折木さん! 御兄弟が別にいらっしゃるのですか? 良いですねえ~ わたしも兄弟が欲しいです。わたしなら今からでも、そう言う存在の兄弟が名乗り出てくれれば是非会ってみたいです」
 ああ、俺は何という失態を犯してしまったのだろう。千反田の前で兄弟の話をするなんて……
「詳しい事が判ったら月曜にでも教えてくださいね」
 千反田に何回も念押しされてその日は家に帰った。そして俺よりも早く帰っていた姉貴に
「昨日の話だけど、お袋が他に子供を作っていたなんてのは事実上無理だろう」
 そう言って確認すると
「あら、誰がわたしたちだと言った? 大学の友達の家の話よ。あんた本当に寝ぼけていたのね。ちゃんと断ったでしょう。他の家の話だけど、って……」
 姉貴はあきれながらそう言うと昨日に引き続き今度は俺に思い切りデコピンを食らわしたのだった……痛い。
 月曜には千反田には謝っておこうと思った。

 その晩の事だった。そろそろ寝ようかと言う時刻に家の電話が鳴り出した。姉貴が出るとすぐに俺を呼んだ。
「奉太郎、えるちゃんから電話よ」
 その言葉に慌てて階下に降りて電話に出ると千反田は
「こんな夜遅くすいません。どうしても折木さんに訊いて戴きたくて……」
「なんだ、そんなに急な事なのか? 月曜の部室では話せない事なのか?」
 俺の言葉に千反田は涙声で
「わたし……どうしていいか判らなくて……大変な事になって、わたし、兄弟もいないので、気軽に相談できる人がいないのです。だから、だから……」
 そこから先は涙声で何を言ってるのか判らない。
「千反田、おい千反田」
 そう電話の向こうに問いかけても返事が無かった。千反田は、話すときに途中の説明を省いたり、いきなり結論に飛んだりするが、感情が先立って話が出来なくなった事は無い。これはよっぽどの事だと思った。
「千反田、千反田!」
 大声で話掛けるが返事は無い。俺の様子がおかしいと感じた姉貴が顔をだした。
「どうしたの?」
 俺は無言で首を傾げる。その様子を感じた姉貴は俺の手から受話器をひったくると一言
「えるちゃん。今から行くから!」
 それだけを言うと受話器を置いて俺に
「えるちゃんの様子だとタダ事では無いわ。これから車で行くのよ、アンタも一緒よ」
 そう言うと俺の腕を掴んで強引に車に載せた。エンジンを掛けると一路千反田邸を目指して走り出した。

 深夜の街道を車は走って行く。ヘッドライトに照らされて、真っ暗な夜道に浮かぶのは果たして俺の想いだけだろうか……
「えるちゃん今日学校で変な事は無かったの?」
 姉貴はあくまでも以前からあった心配事が現実になったからだと思っている様だった。
「判らない……今日なんかは、昨日の子供の事を話していたのだが、むしろ千反田は目を輝かせていたくらいだった」
 俺は今日の部室での事を姉貴に話した。それぐらいで大して変わった事は無かったはずだった。
 車はやがて千反田の家に着いた。俺は車から走り出すと呼び鈴を押した……返事は無かった。家の中の様子もしんと静まり返っていた。姉貴が後ろから出てきて
「木戸に鍵は掛かっているの?」
 言われて、俺は木戸を引いてみると、音も無く扉が開いた。俺と姉貴は顔を見合わせる。
「入って見るしか無いわね。奉太郎覚悟しなさいよ」
 姉貴が物騒な事を言う……まさか、先程の電話から10分程しか経っていない。千反田はきっといるはずだと固く想い直す。

 木戸から玄関に向かうと仄かな灯りがついているのが判る。思い切って玄関の引き戸を開けると玄関の上がり口から左手に廊下があり、そこから奥に続いている。
「ここで呼んで見たほうが良いかな」
 姉貴に確認すると静かに頷いたので
「ごめんください。夜分遅く失礼します」
 叫ぶような声では無いものの確実に奥まで聞こえるぐらいの声で声をかけてみた。
「しっ! 何か聞こえるわ」
 姉貴の声に耳を澄ませると、確かにどこからか人の声が聴こえる。
 僅かな灯りを頼りに上がらせて貰い、その声の方角に足音を忍ばせて近づくと、声が鳴き声である事が判って来た。果たして千反田だろうか? その声の方角に足を向ける。
 足元が危なくなるほど暗くは無いので、姉貴と二人で広い千反田邸を鳴き声のする方角に歩いて行く。
 いつの間にか千反田の部屋の前まで来てしまった。その部屋のドアに耳を付けてみると、声はこの部屋から聞こえて来ていたので間違いなさそうだった。
 静かにドアを開けると小さな灯りに照らされて千反田がうずくまって泣いていた。
「おい、千反田、どうした? 皆はいないのか?」
 俺の声に千反田は顔を上げると「ワッ」と俺に抱きついて来た。俺はその千反田の背中に手を回して優しくその震える背中を撫でる。俺の耳元では千反田のしゃくりあげる様な声が続いていた。
「どうしたんだ千反田、言ってごらん」
 俺はなるべく千反田を刺激しない様な言い方で尋ねて見る。すると千反田は涙声で
「ああ、折木さん来てくれたのですね。大変なのです……父が、父が……」
 その後は涙声で言葉にならない。見かねて姉貴が
「えるちゃん。お父さんがどうしたの」
 そう問いかけると千反田はその言葉に反応して
「供恵さん……父がある事に巻き込まれてしまって、母と一緒に連れ去られてしまったのです」
 涙混じりの声ながら千反田はハッキリと答えると姉貴が
「連れ去られたって……誘拐?」
 そう言って驚く
「いいえ、わたしの言い方がちょっと大げさだったかもしれません。同意しないのを母と一緒に無理に連れて行かれたのです」
「千反田、どういう事か始めから説明してくれないか?」
 俺は、千反田の口ぶりから、鉄吾さんがなんらかのイザコザに巻き込まれたのだと思った。俺は、千反田を家のリビングに釣れ出して、灯りを点ける。暗い室内では気持ちも沈む。

 座らせると姉貴が周りを見渡して、全員にお茶をいれた。
「あ、ありがとうございます。わたし……気が付きませんで……」
 そう、普段の千反田なら、真っ先にお茶を入れる事だろう。つまり、今はそれさえも忘れてしまうほど、千反田にとっては重要な問題が起きているのだと俺は解釈した。
 姉貴の入れたお茶を一口飲むと落ち着いたのか、千反田は話しだした。
「実 はわたしの父は地元の農協の役員をやっています。まあ、関わっていると言うぐらいで、実質はお飾り的な名誉職です。陣出には他にもそのような役職の方がい らっしゃいます。その中で、ある家の方が亡くなったのです。息子さんが二人いらして、それぞれが相続をして農業をやっていたのですが、その先代がなさって いた農協の役員を継ぐ事を巡ってこの兄弟が対立してしまったのです」
 千反田の言う内容はここまでは良く判った。
「その揉め事に鉄吾さんが巻き込まれたのか? 兄弟なら話し合いが着かなかったのか」」
 俺は千反田の隣に座り、俯いてるこいつの顔を覗き込む様に言うと
「実 はその兄弟と言うのが困りもので、実は異母兄弟なのです。兄の方は前の奥さんの子で、弟さんは今の奥さんの子なのです。ですから前から仲が悪かった処に、 農協の役員の椅子を巡って対立が起きてしまったのです。更に悪い事にお互いが他の役員や農家を自分の見方につけて、今度の役員会で決着をつけようとしてい るのです」
 
 千反田はそこまで言うと小さなため息をついて
「父はどちらにも付いていませんでしたが、先ほど形勢が悪いと言われている兄の方の方々がお見えになって、父を説得いていたのですが、話が熱くなり「奥様も一緒に!」と二人で半場無理やり連れて行かれてしまったのです」
 そこまでで大体の事は判った。問題は、そんな軟禁状態に何時までしているつもりなのだろうか? そこが気がかりだった。
「千反田、その役員会と言うのは何時開かれるのだ?」
「はい、たぶん明日の土曜日です」
 そうか、ならばそれまで鉄吾さんの体を拘束するつもりなのだろう。お母さんを一緒に連れて行ったのは、鉄吾さんや妻のお母さんに不安を与えない為だと想像がついた。
 いきなりの経緯を知らされたのと、多少荒っぽい行為を見た千反田が動揺してしまったのだと俺は理解した。

 すっかり経緯を訊いて事情が判った姉貴は
「あたしは帰るわ。奉太郎あんたはちゃんとえるちゃんのサポートをしなさい。良いわね! 何か困った事があれば連絡しなさい。自分で解決できると思ったらやりなさい。いいわね」
 それだけを言うとさっさと車に乗って帰ってしまった。残されたのはこの広い千反田邸に二人だけとなった。

「お、折木さん……本当にありがとうございました。わたし、折木さんが供恵さんと一緒に来てくれるなんて思っても見なかったです。本当に嬉しかったです。だから姿を見た時に思わず抱きついて……はしたない事をしてすいませんでした……」
 赤い顔をして小さくなっている千反田は少し滑稽な感じがしたが俺にとってはいいものだった。
「千反田、鉄吾さんが連れて行かれた先は判っているのだろう?」
「はい、北陣出の葛西さんのお家です」
「なら、そう心配する事も無いだろう。それに鉄吾さんは携帯を持っているのだろう?」
「はい、スマホを持っています」
「なら、安心だろう。気になるなら連絡してみれば良い」
「あ、そうでした。わたし、荒々しい様子に驚いて、そんな事も忘れていました。やはり折木さんですね」
 千反田は妙な処で俺を褒めて、鉄吾さんに電話を掛けた。どうやらすぐに鉄吾さんが出たらしい。千反田の安心した表情でそれが判る。
「心配することは無いと言われました。徹夜になるかも知れないが話し合いだからと……」
 やはり俺の思った通りだったが、きっと姉貴はさっさとそこまで見通していたのだろう、だからさっさと帰ったのだ。俺と千反田を二人だけにして……って、まさか……
 俺はここに来て事の重大さを理解した。姉貴にまんまとやられたのだ。目の前の千反田は嬉しそうな表情で俺を見つめている。大きな瞳を輝かせながら……
「折木さん、今夜は泊まって行って戴けるのですよね。お帰りになりませんよね」
 千反田は自分に言い聞かせる様に言うと俺の服の裾を掴んだ。無理も無い、つい先程までは荒々しい男達のやりとりを見てショックで泣いていたのだ、ここはこいつの気持ちをほぐしてやらないと思った。
 風呂にでも入れば心も休まると思い
「千反田、もうお風呂には入ったのか?」
  俺の言葉に千反田は首を横に振り「未だなのです」と答える。ならば先ずはゆっくりとこいつに風呂に入って貰うのがだと考え、勝手知ったる他人の家だが、風 呂場に行き水を確認すると既に入っていたので、電源を入れ「追い焚きをする」のボタンを押す。これで暫くすると風呂が沸いてるはずだ。
 元の部屋に帰って来ると、一人にされて心細かったのか、俺にしがみついてきた。俺はその背中を再びゆっくりと叩いて落ち着かせる。
「大丈夫だ。どこにも行きやしないからな」
 その言葉に千反田は安心したように頬を俺に寄せる。俺も千反田の細い肩を抱きしめ額にキスをした。
 
 いつしか風呂は湧いていた。俺は千反田に
「風呂が沸いた。ゆっくりと温まって来た方が良い。俺は何処にも行かずにここに居るから」
「きっと……ですよ……」
 千反田はそれでも不安そうな表情をしていたが、俺が頷くと安心した様に着替えを持って風呂に入って行った。
 その間に、これからの事を考える。恐らく鉄吾さんとお母さんの事はそう心配しなくても良いと思う。だが、これから暫くは千反田の心理状態が不安定になるのは否めないだろう。それを守ってやれるのは俺だけなのかも知れないと考えた。

 暫くして千反田が風呂から上がって来た。その風呂あがりの千反田を見るのは始めてじゃ無いのに、今夜の千反田の姿は俺には特別愛らしく見えた。
 その表情を見ると、体が温まったので気持ちにも余裕が出てきたのだろう。笑顔になっていて
「いいお湯でした。折木さんも入ってください」
 そう言って俺に湯を進めるが
「俺が入って、一人になって大丈夫か?」
 一番心配していた事を問うと
「心細くなったら脱衣所まで行きます。そこで折木さんをお待ちします。そこなら折木さんとお話も出来ますから」
 そんな場所に居られたらこっちが落ちついて風呂に入れないと思った。

 風呂から出て来ると脱衣場に千反田は居なかった。バスタオルで頭を拭きながらリビングに戻るとそこにも千反田は居なかった。何処へ行ったのかと今度はこっちが心配になる。心配していると後ろから声を掛けられた。
「折木さんお布団を敷いておきました。どうぞお休みください。もう遅いですから」
 千反田に案内されて布団を敷いてある部屋に入ると8畳ぐらいの部屋の真ん中に布団がひとつ敷いてあった。なんとなくほっとする。
「わたしは今夜はこっちで寝かせて戴きます。やはり離れていると心配なもので」
 千反田はそう言いながら8畳の部屋の横の襖を開くと隣の部屋に布団が敷いてあった。
「ここなら、何かあっても安心ですから」
 千反田はそう言って少し、はにかんだ表情をした。

 布団に入っても目が冴えて眠りにつく事が出来ない。この家で眠るのは始めてじゃ無いのに変に気が高ぶっているのかも知れない。暫くすると、襖の向こうから
「折木さん……起きていらっしゃいますか?」
 そう千反田が話しかけて来た
「ああ、起きてるぞ……どうした?」
「いいえ、今夜は本当にありがとうございました。折木さんが来てくれなかったら、わたし……」
「ああ、判ったからもう寝ろ。疲れているはずだ」
「はい……お休みなさい折木さん……」
「ああ、お休み千反田」
 襖越しの会話が続いた後静かになった。今度は俺も眠れるだろうか……
 

 やがて、瞬くすると……
「折木さん……起きていらっしゃいますか?」
 再び千反田の声がした。こいつは寝付きが悪かったのだろうか? 
「ああ、起きてるぞ。なんだ寝られ無いのか?」
「何だか、こんな近くに折木さんがおられるのが不思議な感じで……」
 それはこちらも同じだ。そもそもその原因はお前だろう。と思っていたら
「寝なくては駄目ですね……お休みなさい」
「ああ、お休み……ちゃんと寝ろよ」
 真っ暗な空間で襖越しの会話はそこで途切れた……


 「……さん……れきさん……おれきさん……折木さん」
 俺の耳元で千反田の声がして、俺を眠りの世界から蘇らせた。
 暗闇に目が慣れて来ると俺の枕元で千反田が枕を抱えて座っていた。驚いて飛び起きる。
「何だ? どうしたんだ?」
 俺の言葉に千反田は暗くて表情までは読み切れ無かったが、か細い声で
「お願いがあります。どうしても今日の光景が目に浮かんで眠れません。そこで折木さんと一緒に寝たら寝られると思うのです。お願い出来ますか?」
 冷静に考えればとんでも無い事だ。憎からず思ってる相手同士が二人きりの深夜に同じ布団でひとつになるなんて……
「そうか、どうしても寝られないのか……」
 俺は暫く頭を働かせたが恐らく寝ぼけていたのだろう。千反田が寝られなくて困っているなら仕方ないと考えた。そっと布団をめくると千反田はそっと俺の布団に入って来た。
「うふふ、こうして同じ布団に一緒にいると、まるで幼い頃みたいですね」
「お前とは幼なじみでは無いのだが……」
「もう、そんな事言わないでください。そんな気分なのです」
 千反田の中ではきっと幼稚園か小学校のお泊り会の延長のつもりなのだろうと見当をつけた。

 ……そんな事で俺の男としての本能を抑える事なんて出来やしない。それでも千反田は布団の中で俺に身を寄せて来た。千反田の着ているパジャマの生地を通して暖かさを感じる。そして千反田の甘くてそれでいて爽やかな香りが俺の鼻をくすぐる。
「こうやっていると折木さんの体温が凄く暖かく感じます」
 俺の胸元で囁く様に言うが俺の体が熱いのはお前がこうしているからだとは、まさか言えない。俺は黙ってそっと布団の中で腕を回して千反田を引き寄せると、その動作に身を任せて、より密着して来た。
「寒くはないか?」
 そう語り掛けると、ため息の様な声で
「はい、大丈夫です。もっとしっかり抱きしめてください。折木さんに抱き締めて貰えると今夜は安心して眠られそうです」
 俺にとって何とも悩ましい夜になりそうだった。千反田は自分で言った言葉通り、いつしか静かな寝息を立てていた。俺も千反田の柔らかい胸の感触を楽しみながら眠りについた。

 そう、こいつを守れるのは俺しかいない……そう自分に言い聞かせながら……


 了