今日から、あるサイトのコミユで出されたテーマに沿って書いた作品「出会い」を連載します。全10話です。

「出会い」 第一話

U00012144432_001L 駐車場から車を出そうとして、もう少しで人を跳ねる所だった。慌ててパニックブレーキを踏む。
 フロントを見ると、若い女がこちらを睨んで何か口を動かしている。良く動く口だと思った。窓ガラスを下げると、その声が耳に入って来た
「あんたね、どこ見てるのよ! もう少しで轢かれちゃう処だったじゃない! 全くちゃんと目がついてるの? 見えないなら銀紙でも貼り付けておきなよ。なにさ左ハンドルの車なんか乗っちゃって……」
 まだまだ何か言っていたようだが耳に入らなかった。
「すまん……全くもって俺が悪い……怪我は無かったか?」
 俺の言い方が妙に落ち着いていたので、相手の女は面食らった様だった。
「だ、大丈夫だけどさ……気をつけてよね……本当に」

 俺は開けた窓から顔を出して
「本当に申し訳ない……でも好きで左ハンドルの車に乗ってる訳じゃないんだ」
 俺の言った内容が恐らくこの場所にそぐわなかったのか、女は
「これからちゃんと気を付けてくれればいいから」
 そう言い残して、駅の方に歩いて行った。俺はその後ろ姿を見送りながら『ちょっといい女だったな』と頭の中で思い出していた。

 ここは駅から五百メートルほど離れた場所にある公園の駐車場だ。俺はこの辺に来るとここを利用する。理由は料金が安いからだ。この辺の他の駐車場よりも半額に近い料金で駐車出来る。駅前等と比べたら桁が違う。
 安い理由は機器が古いからだ。駐車場全体で番号を押して料金を払ったり出来るシステムではなく、個々のスペース毎に料金を払う機器が取り付けてあり、しかも相当古い。たまに動作しなくなる。だから利用客が少ない。よって益々料金が安くなる。と言う仕組みだった。
 先ほどは故障したかと思った機器を蹴り飛ばしたら動作したので、安心してつい前を見ていなかったのだ。うかつだった……滅多にそう言う事はしないのだがな。

 車を道路に出して駅の方に進めると駅前が人で溢れていた。何かあったのかも知れない。
 人が溢れているのもあるが、道路自体が混雑しているので駅に近づくと殆んど身動き出来なくなった。いったい何があったのか? と思っていると見知った姿を見かけた。先程の女だ。車を近づけて、やはり窓を開けて顔をだして声を掛ける。こう言う時は左ハンドルは便利だ。
「よお、どうした? 電車がどうかしたのか?」
 いきなり道路から声を掛けられて面食らったみたいだが、俺の方を見て
「あんたか、どうもこうも無いの。さっき二つ先の駅で脱線事故があって電車が止まってるんだって。今日は大事な面接の日だから遅れる訳に行かないのよ」
 どうも言ってる事に嘘はなさそうだ。と言うのも格好がリクルートスーツで黒いパンプスを履いて黒い鞄をぶら下げていたからだ。どこから見ても就活生だ。と言う事はこの女、大学生だったのか……子供ぽい感じがしなかった。
「さっきのお詫びもあるから、送っていくよ。乗りな」
 そう言っても最初は何の反応も無かった。これは完全に俺の事を疑ってるのだと思い、運転免許証を出して彼女に見せた。
「かみやまたかゆき……神山孝之……案外まともな名前じゃない。本当に信用してもいいのね?」
「ああ、ちゃんと送るよ。大事な面接なんだろう」
「じゃあ、お願いします」
 急にしおらしくなると助手席に滑りこんで来た。その身のこなし方が体育会系だと感じた。行き先を訊いて車を反転させた。少しタイヤの音を出しながら車は駅前の人混みを後にした。

「何かスポーツやっていたのかい?」
 先程の動きから訊いて見ると
「卓球を少しね。大学では大した事無かったけど、高校ではインターハイの本選でベストエイトに入った事もあるのよ」
 俺は卓球と言うと子供の頃やった遊びと、これも遊びの温泉卓球ぐらいしかやったこと無いが、上に行けば行くほど過酷なスポーツだと言う事ぐらいは知っている。
「インハイでベスト八か……それは凄いな。それでも大学じゃ駄目だったのか?」
「うん、レギュラーにはなれたけど、記録に残る様な成績は残せなかったな」
 スポーツの世界では良くある事だという。努力だけではいかんともしがたい世界。最後は才能が笑うという。実は俺の居た世界も同じ様なものだった。
 そこまで考えて、先程の駐車場での出来事は彼女だから怪我もせずに済んだのだと思いあたった。ならば、何としても時間までに間に合わせないと男がすたる。ハンドルを持つ手やスロットルペダルを踏む足にも力がはいる。
「どうしたの? 時間はまだ余裕あるからそんなに急がなくても大丈夫よ」
 少し驚きながら彼女は言うがその目が笑っていた。
「あんたの反射神経があったから事故にならなかったんだな。今判ったよ」
「そんなの判らないよ。偶然だよ。私としてはこうして送って貰えてラッキーだけどね」
 
 道は思ったほど混んではいなかった。この調子では余裕を持って到着できそうだ。少し運転にも余裕が出る。
「乗ってみて判ったけどいい車ね。何て言うの?」
「イタリアのアルファロメオのアルファ75 ツインスパーク と言う名前さ。ちなみに買ったのは俺じゃ無い……親父だ。先月亡くなったがな。車道楽だった。それもイタリア車ばかり……これは当たりで故障しないが、他は酷いものさ国産車とは比べられないよ」
「でも何か普通の車に無い感じがする……私も良く判らないけどね」
 お世辞のつもりなのだろうか、何か先ほどの駐車場とは感じが違っていた。きっとこちらが本来の彼女なのだろう。そう思ってると老けてると思った容姿が歳相応に見えて来た。人間とはいい加減なものだ。
「今日の面接は何次なんだ?」
「五次面接で最終面接かな……ここまで来たのは初めてだから、落ちたく無いんだ。仕事もやりがいがありそうだし」
 俺もかって就職活動をした身として、その気持は良く判る。俺の頃と違って今は、最後まで行くのは大変な事ぐらい俺でも知っている。
「大丈夫なんて言えないけど。今日は案外ツイてるのかも知れないぞ。本当なら事故になる処だったのに、ならずに、しかも電車に乗れない時にこうやって俺が送る事になった。良い方に考えろよ。道は開ける」
 思えば気休めにしかならない事だが、俺はいつの間にかこの娘を励ましたくなっていた。

 彼女の言った時間よりも早く面接の会場に着いた。俺でも知っている大手のマスコミ関係の会社だった。
「頑張れよ!」
 礼を言って車を降りる娘にそう声を掛ける
「うん、ありがとう……あ、名前訊いて無かったし、私も言ってなかった」
 そう言えばそうだったが
「さっき免許みせたろう」
「もう忘れちゃった」
 俺は名刺入れから一枚名刺を出すと彼女に渡し
「合格したらお祝いに飯ぐらい奢るよ。だから頑張れ! その時は連絡をくれ。君の名前は?」
「立花……立花薫。東都大四年よ」
そう言ってから俺の名刺を見て
「必ず合格するから、その時は美味しいもの奢ってね。神山さん」
「ああ、奢ってやるよ」
 そう俺が言うと彼女は建物の中に消えて行った。俺はそれを静かに見送った。

 後日、俺は彼女にご馳走していた。
 思えば、それが二人の出会いだった……