となりのサキュバスちゃん 第3話

 僕の隣に来た佐久さんは
「この温泉は体に良いらしいですよ」
 そんな事を言って僕に笑顔を見せてくれている。僕はバスタオルでも隠せない深い胸の谷間に視線が釘付けになってしまってる。
「ここは湯船にタオルを入れては駄目なのですよね。バスタオルを取っても良いけど、そうすると健太さんに裸を見られちゃうから、少し恥ずかしいです」
 佐久さんはそんな事を言ってバスタオルを取る仕草をして見せた。
「正直言います。僕、佐久さんの裸を見たいです」
 言ってしまった。とうとう心の中の想いを口に出してしまった。後悔をしてると、何と佐久さんは肩まで湯に浸かると、ゆっくりとバスタオルを自分の体から左右に解き放った。僕は興奮状態でのぼせそうだった。でもばっちりと佐久さんの肢体が拝めると思ったのだが、佐久さんの体はお湯の中に隠れてしまって湯気の影響もありよく見えない状態だった。でも僕の興奮状態はピークを迎えようとしていた。だって、手を伸ばせば、そこに念願の佐久さんの肢体が手に入るかも知れないのだ。豊かな胸の感触も確かめられるかも知れない。
 そんな事を考えたのが良くなかったのか、僕は段々と息が苦しくなって来ていた。どうしたんだろうか、目の前が少しずつ暗くなっていく……意識が遠くなるのを感じた……。

 ここは健太くんの夢の中、設定は何処かひなびた温泉にしたわ。勿論混浴よ。健太くんが入っている所にわたしが入って行き、散々じらせて健太くんがわたしを襲う感じで精液を頂こうと思ってるの。きっと上手く行くわ。
 露天風呂の引き戸を開けると湯気の向こうに健太くんが入っていたわ。ここまでは計画通り。
「あら、健太さん?」
 なんてわざとらしいく声を掛けると彼は
「あれ佐久さんですか? どうしてここへ?」
 そんな事を言っているわ。わたしは
「あら、わたしがここに来てはおかしいですか? そんな事よろしいじゃ無い。わたし健太さんと二人でお風呂に入りたかったの」
「いえ、余りにも突然だったもので驚いているところです」
 彼がそう言って少し戸惑っているのでわたしは
 「そちらに行っても宜しい?」
 そう言って健太くんの返事には構わずに隣に座った。痛いほどの視線を感じるわ。ふふふ悪魔冥利につきるというものだわ。
 わたしはここでバスタオルを脱ぐ仕草を見せると、健太くんの興奮は最高潮になってるみたいだった。もう少しだわ。ここでわたしの裸を見せれば一発で落ちると確信したの。でもここでわたしの想像の斜め上を行く展開になってしまったのよ。
 何と健太くんが興奮し過ぎて、のぼせてしまったの。意識を無くしてぐったりとしてしまったのよ。幾ら温泉に入ってるとは言え、ここは夢の中よ。実際に温泉に入ってる訳じゃ無いのに……。
 そこまで考えて、わたしは夢の中で健太くんを湯から出して洗い場に横にして、現実の世界に戻って来たの。要するに健太くんの部屋ね。そうしたらこの子、若いのにベットに電気敷毛布なんて入れているのよ。しかも温度設定が最高になってるの。どうやらわたしの媚薬入の肉じゃがを食べたせいで、温度設定を最高にしたまま眠ってしまったみたい。敷毛布の温度と実際の興奮状態。それも夢の中なので調整が出来ないから、のぼせてしまったみたいね。
 わたしは仕方なく電気敷毛布のスイッチを切って、布団を剥いで彼の体を冷やす事にしたの。春とは言え未だ夜中は冷えるから直ぐに正気に戻ったみたいなので、わたしは今夜は諦めて部屋に帰ったのよ。幸いわたしは部屋の壁やドアをすり抜ける事が出来るからね。次のチャンスに賭けるつもりよ!

 虚ろな意識の中で僕は目が覚めた。時計を見ると未だ夜中だった。確か夢の中で佐久さんと一緒に温泉に入っていたはずだった。もう少しというところで意識が無くなってしまった。夢の中でのぼせたのだ。惜しかったが、冷静になって考えると少しおかしい。夢で何故のぼせるのだろうか、と考えて僕が寒がりなので電気敷き毛布を使っていた事を思い出した。僕は布団に入った時に寒さを感じないように、最初の温度設定を最高にしておくのだ。そして布団に入った時に温度設定を下げる事にしているのだ。でも昨夜は布団に潜り込むと直ぐに眠ってしまったのだった。
『そうかだからのぼせてしまったのか』
 そう納得したのだが、現実に敷毛布の温度設定を見て見ると「切」になってるのだった。
『誰かがこの部屋に入って来てスイッチを切ったのだ。それは誰だろうか』
 僕はそう考えた。
 ベットから抜け出して部屋の入り口を確かめると鍵は掛かっていた。でも部屋の気配には、さっき迄誰かがこの部屋に居た感じなのだ。
 まさか佐久さんが居てくれたのだろうか? まさか、それは無いと思った。僕の気のせいだったのだろうか? 現実にはそうなのだろう。僕はそう結論した。
 翌朝、大学に行く前に佐久さんが部屋にやって来た
「おはようございます」
「あ、おはようございます。朝からどうしたのですか?」
 僕の質問に佐久さんは
「実は厚かましいのですが、お願いがあってやって来ました」
 お願いとは何だろう。僕はそんな事より佐久さんの格好ばかり見ていた。だって今朝の彼女は薄いブラウスにミニスカートという出で立ちでブラウスは薄い花柄が入っているので直接は透けて見えないが肩の所にブラジャーの紐は確認出来なかった。今朝もノーブラだと思った。ミニスカートから伸びた脚は少しむっちりしているがスラリとして綺麗な曲線を描いていた。
『堪らないな』
 頭の中でそう思っていたら
「実は田舎から出て来る時に実家の親が食べる事に困らないように、色々な食材を送って持たせてくれたのですが、流石に一人では食べきれないので、今夜遅くならなかったら一緒に夕食を食べませんか」
 何と! 彼女の方から、そんな有り難い事を申出てくれるなんて……僕は幸せ者だ。
「ありがとうございます。昨日の肉じゃがの鍋も返して無いのに」
「肉じゃが、お口に合いました?」
「はい、正直生まれて一番美味しかったです!」
「そうですか。それは良かったです。健太さんが喜んでくれてわたしも嬉しいです。では今夜お誘いに伺いますから、よろしくお願いします!」
「ありがとうございます!」
 僕はそう言ってドアを閉める佐久さんを何時までも見つめていた。あわよくば夢の中なんかじゃなく、現実に佐久さんと深い仲になれるかも知れないと思うのだった。

となりのサキュバスちゃん 第2話

 僕は佐久さんが帰った後もその場に佇んでいた。頭の中には先ほど、この眼で見た佐久さんの豊かな胸の谷間がくっきりと頭の中に残っていた。薄いセーターの中には豊かな谷間が眠っているのだと思うと体の血がたぎるのを感じるのだった。あの胸はきっとノーブラに違いない!
 それは佐久さんが動く度に不規則に揺れる動きからも判った。ノーブラは男のロマンだと僕は思う。だってそうじゃないか、あの薄いセーターの下には何も身に付けていないのだと考えるだけでご飯が三杯はイケる!
 何時までも立ち尽くしていたので、すっかり日が暮れてしまった。僕は佐久さんが作ってくれた肉じゃがの入った鍋を火に掛けた。その時僕は気が付いた。鍋でくれたという事は、また鍋を返さなくてはならないと言う事だと……。
 と言う事はまた佐久さんと二人だけになるチャンスがあると言うことだ。今思い返してみると、最初に挨拶に来た時は確かミニスカートだったと思い出した。今思えば、あの時もっと良く見て居れば良かったと思った。惜しいことをしたものだと考えた。
 ならばこの鍋を返す時にもっと積極的に出て佐久さんとの関係を近づけなくてはならないと思った。僕の考えは更に妄想を生んで行った。このとき僕は冷静さを失っている事に気が付かなかった。
 温まった肉じゃがを大きな器に移して箸をつける。
『美味しい!』
 なんて味なんだ。まるで体が蕩けるような味だと思った。美人で巨乳でしかも料理上手! 理想じゃないかと僕は思うのだった。

 わたしはサキュバス。日本語だと「夢魔」とも言うわね。サキュバスの使命は男の子の精子を抜き取ること。それを仕事の相棒のインキュバスに渡すの。インキュバスはそれを子供に恵まれない夫婦の女性に与えて子供を授けるのよ。え? まるで神様みたいだって? そうよ悪魔なんて天使の成れの果てなんだから多少の違いはあれど同じようなものよ。でも神様と違うのは、それが人間の望んだ行為ではないということね。まあ、十代の男の子なんて頭の中の八十パーセントは女の子のことしか考えていないんだけど、子供が出来ない夫婦だって夢の中でインキュバスに精液を仕込まれる訳だから、旦那以外の子種と言うことは明白な訳で、それが神様から言うと悪くふしだらな行為だと言われているのよね。まあ悪魔だからいいんだけどねえ。
 それでね。今度の命令は健康で容姿端麗な日本人の若い子の精子を抜き取ることなの。色々探して、わたしが目を付けたのがこのアパートに住む山縣健太という大学生。背が高く、容姿も端麗なのよ。何よりなのは、とってもカワイイのよ。ジャニーズのタレントなんて、ごめんなさいして通り過ぎるぐらいなのよ。しかも彼が通ってる大学はレベルが高いので有名。つまり三拍子も四拍子も整ってるという訳なの。どうせなら優秀な男の子の精子が欲しいでしょ。
 だから彼の部屋の隣が空いたので早速引っ越して来た訳。挨拶の時に手を握って印象づけたし、今日はノーブラの姿で特製の肉じゃがを届けたわ。あれを食べると効果テキメンだと思う。なんせ悪魔界に伝わる秘伝の媚薬をたっぷりと入れてあるからね。
 もう食べたかしら。食べたなら今夜が楽しみだわ。媚薬のせいで思うがままに操れるわ。早速、今夜の夢の中に忍び込んでみるわ。

 佐久さんから貰った肉じゃがを食べてから何だか体調がすこぶる良い気がする。何ていうか活力がみなぎってる感じなのだ。それにしても佐久さんの肢体を思い出すと堪らなくなる。大きく揺れていた胸も良いし、あのヒップというか腰回りの豊かさも忘れられない。それにしても妙だ。二回会話を交わしただけの人に何故こんなに興味を持ってしまったのだろう。何時もの僕らしくないと思った。
 まあ、明日はこの鍋に何かを入れて返しに行こう。もしかしたら、もっと親しくなって良いことが起きるかも知れない。僕はそんな妄想をしていた。
 その夜、僕はいつもの時間より早くベッドに潜り込むといつの間にか眠りに落ちていた。

 僕は何処かの温泉に居て、露天風呂に入っている。景色も良くいい気分だった。宿の人に訊いたところ、この露天風呂だけは混浴だそうだ。夜になると湯気が凄く視界が悪くなるので結構男女が入って混むそうだが視界が良い昼間は余り人が入らないとのことだった。
 そんなことを聞いていたせいか、僕はノンビリとした気分だった。そうしたら、入り口の引き戸が開いて誰かが入って来たみたいだった。近くに来るまでその人が誰だかは判らなかった。でも
「あら、健太さん?」
 その声に聞き覚えがあった。確か佐久さんの声に似ていると思った。でも、あり得ない。だってここは何処かの地方で僕や佐久さんが住んでる東京ではない。それにいきなりこんな場所に佐久さんがやって来るなんて考えられないことだった。でも湯気の中に現れたのはバスタオルで体を包んだ佐久さんだった。長めの髪の毛はタオルで巻いてありうなじが現れていて、それはそれは色っぽかった。しかもバスタオルで隠してあるとは言え、胸の大きさは隠しようがなく、胸の谷間もバッチリだった。バスタオルの裾から伸びる長く美しい脚。それに何と色が白いのだろうか、僕は見とれてしまった。この時、僕は二人だけだった事に感謝し、永遠に誰も入って来ないことを祈った。
「お一人ですの?」
 佐久さんは僕の姿を見つけるとにこやかに話しかけて来た。
「ええ、佐久さんはどうしてここへ?」
「あら、わたしがここに来てはおかしいですか?」
「いえ、余りにも突然だったもので驚いているところです」
 そんな受け答えしながも僕の視線は佐久さんの肢体に注がれていた。
「そちらに行っても宜しい?」
 そう言って僕の返事には構わずに佐久さんが僕の隣にやって来た。匂うような女の色気を感じてのぼせそうだった。

となりのサキュバスちゃん 第1話

 僕の名は山縣健太。某都内の大学に通う学生で、一人暮らしを始めて一年が過ぎようとしている。
 僕の住んでいるアパートは二階建てで全ての部屋がワンルーム形式となっている。六畳の洋間に小さな台所とバス・トイレが付いている。窓の外は小さなベランダがあり、そこに洗濯物を干すようになっている。ちなみにこのベランダに洗濯機も置いてある。
 要するに一人暮らし向きのアパートなんだ。築二十年以上経っているのでこの辺りにしては家賃が安い。一階二階共々五部屋があり二階の端にある僕の部屋の隣以外は埋まっていた。
 ここは都心から私鉄で二十分ほどの所にあり、駅からここまでは再開発されたらしく新しいマンションやアパートが立ち並んでいる。僕の住んでるアパートは駅から徒歩で十分ほどなのでそれらを通り過ぎた所にある。だから家賃も安いのだと思ってる。
 僕の通う大学は駅の反対側にあるので僕は大学には自転車で通っている。貧乏大学生には自転車は必需品だ。まあこれも近所の自転車屋さんで中古で買ったのだけどね。
 講義のない日はバイトに通っている。親からの仕送りも充分ではないから、バイトをしないとやって行けない。
 そんな僕の日常に変化が起きた。僕の隣に誰かが引っ越して来たのだ。それは突然で、春になり新学期が始まった頃だった。バイトから帰って来て一休みしてる時に部屋のチャイムが鳴った。ちなみに、このアパートにはインターフォンなどというものは無い。僕の部屋のチャイムを鳴らす者などは殆どいない。友人なぞは直接ドアを叩いて「いるか~」と叫ぶからだ。さしずめセールスか何かだと思ってドアを開けた。速攻で断ろうと思ってドアを開けた。でも、そこに居たのはセールスの人ではなかった。
「夜分、すいません。この度隣に越して来た『佐久』(さきゅう)という者です。ご挨拶に伺いました。今後よろしくお願いします!」
 そう言って、その人はタオルの包を差し出した。
「あ、山縣と申します。こちらこそよろしくお願いします!」
 そう返事をして前を見ると、二十代前半の美人が立っていた。色が白く、透き通るような肌をしていて、髪は艶のある黒髪が肩の下まで伸びていた。涼やかで大きめな目が微笑んでいた。そして赤く小さな口から
「わたし、東京は初めてなものですから、色々と教えてくださいね」
 そう言ってニコッと笑った。正直、かわいいと思った。少し年上みたいだが、そんなのを感じさせなかった。そして持っていたタオルの包を差し出した
「ほんのお印です」
 僕は慌てて
「あ、ありがとうございます。ご丁寧にすみません」
 そう言って受け取ろうとすると、僕の手を握って来たのだ。面食らう僕に
「色々とご迷惑おかけすると思いますがよろしくお願いします!」
 もう一度そう言って微笑んだのだった。柔らかい手の感触を残して顔を上げると、春物の体に密着した緑のセータの下には豊かな膨らみがあった。思わず目が行ってしまった。美人で可愛くて巨乳。何と素晴らしい人が隣に越して来たのだと僕は嬉しくなったのだった。
 このアパートの住人は大学が近いせいもあり、学生が半分を締めている。その他はサラリーマンが二名で残りの三名はどうやら水商売に勤めているような女性だ。帰って来るのが遅いのでそう思った。だから隣に越して来た佐久さんも、そのたぐいだと思ったのだが、どうやら外れていたみたいで、彼女は夜遅く帰って来たりはしなかった。
 ある日のこと、大学から帰って来て何を食べようか考えていたら、部屋のチャイムが鳴った。出て見ると隣の佐久さんだった。手には小さな鍋を持っていた。
「こんばんは~。実はお願いがあって来ちゃいました」
 彼女と会話するのは二度目だが、こんな言い方をされれば悪い気はしない。
「はい。どんな御用でしょうか?」
「実は、今日寒いので肉じゃがを作ったのですが、今まで一人分なんて作ったことが無いので作りすぎてしまいまして。もし良かったら食べて頂きたいのですが……」
 何と幸運な。肉じゃがなんて一人暮らしをしてから、まともに食べたことなんて無かったので有り難く頂戴する。
「こちらこそありがとうございます。本当に助かりました」
 そう言って受け取ろうとすると
「溢すと大変なので、良かったらこのままガス台に置いて行きます」
 そう言ってくれたので
「そうですか、ありがとうございます」
 そう言って彼女を部屋に上がらせた。彼女は慎重に鍋を持って台所に上がって来た。ちなみにこのアパートの造りは、ドアを開けると台所があり、ガラス戸で仕切られて六畳に繋がっている。入って右側にはバス・トイレがあるのだ。
 彼女はゆっくりと足を運んでいる。僕は彼女の後ろから付いて行ったのだが、これが眼福ものだった。と言うのもこの日の格好だが、上はやはり体に密着したVネックの山吹色のセーターで、豊かな胸が彼女が歩く度に不規則に揺れているし、下はデニムのスリムなのでやはり体の線が顕になっている。素晴らしかったのは彼女のヒップラインで、豊かな曲線を描いていたし、お尻もキュッと持ち上がっていて日本人離れしていた。少し外人の血が入っているのかも知れないと思った。よく見るとクオーターかも知れないと思った。それぐらい少しエキゾチックだった。
 僕は歩く度に揺れる胸とお尻に視線が釘付けだった。こんな素敵な人が僕に親切にしてくれる……。そう思うだけで胸が高鳴るのを感じるのだった。
「上手く置けました。美味しくないかも知れませんが……」
 佐久さんはそう言って僕の方に振り返った。その時胸の揺れが普通では無かった。僕は心の中で
『もしかしてノーブラなのかな?』
 そう思ってしまった。そうすると、あの薄いセーターの下には豊かな……。そう思うと表情が崩れてしまった。
「貰って頂けて本当に良かったです。また何かありましたらお持ちしますね」
 佐久さんはそう言ってお辞儀をした。その時にセーターの胸の開いた所から彼女の胸の谷間が顕になった。僕の視線はそこに釘付けになる。
「それでは失礼します」
 そう言って佐久さんは帰って行ったが、僕はその場に暫く佇んでしまった。

氷菓二次創作「奉太郎の決意~その後」

 唇が離れると千反田が潤んだ瞳で俺の胸に飛び込んで来た。そっと背中に手を回し抱きしめる。
「折木さん、もっと強く抱きしめて下さい」
「ああ」
 千反田の甘い香りが二人を包み込んだ。周りに人が居るかも知れなかったが目に入らなかった。
「本当に俺の家に来るか?」
「はい。出来れば」
 ならば何も言うことは無い。千反田と並んで歩き出すと千反田が俺の腕に自分の腕を絡めて来た。横を向いて千反田の表情を見ると嬉しそうに微笑んだ。
「ウチに来れば取り敢えずおせちはあるからな。それに雑煮ぐらいは出せる」
「大丈夫です。お昼は食べて来ました。朝が早いのでお昼も早かったのです」
「そうか千反田家ともなれば新年の行事が色々とあるのだろうな」
「そうですね。若水を汲んで供えたりしますが特別な事はしません」
 千反田は気が付いていないだろうが、当たり前と思ってる事の殆どは普通の家では行わない事だと思う。
「でも元旦からこうやって折木さんと二人だけになれるなんて」
 よく考えると、新年早々千反田とデートをしてる事になる。昨年も初詣に行ったので実感が湧かないが、これは立派なデートだ。それにキスもしたし、抱き合うなんて事もした。何処からどう見ても恋人同士に見えるのだろうな。そんな事まで考えてしまう。そんな事を思っていたら千反田が
「先のことは判りませんが今は、もう少し折木さんと特別な関係でいたいです」
「特別な関係か」
「はい。わたしにとって折木さんは特別な人ですから」
 嬉しいような、こそばゆいような感じだ。
 そんな会話をして我が家に到着した。
「ただいま~」
 玄関を開けると奥から姉貴の声が聞こえた
「あら奉太郎? 早いじゃないの。さては、えるちゃんに嫌われた?」
「違う! 千反田を連れて来たんだ」
 その声が終わると同時ぐらいに姉貴が自分の部屋から飛び出して来た。
「あらいらっしゃい。初めまして奉太郎の姉の供恵です」
 姉貴が自己紹介をすると
「千反田えると申します。正式には初めてお会いしますね。宜しくお願いします」
 千反田がそう言って頭を下げた
「さあ上がって。 奉太郎にしては上出来だわ」
 姉貴は俺の事は眼中に無いらしく千反田の手を取って居間に向かった。居間では親父が出かける支度をしていた。
「お父さん。奉太郎の彼女の千反田えるちゃんよ」
 姉貴よ彼女は未だ早いと思うぞ。でも早くないのか?
「これはこれは、いらっしゃい。奉太郎の父です」
 親父が自己紹介をすると千反田も
「千反田えると申します。今日は厚かましくもお邪魔してしまいました」
「いえいえ何の、どうぞゆっくりして行って下さい。生憎わたしは新年の挨拶に出かける所ですが」
 毎年親父は元旦は午後から挨拶回りに出かける。今までだと姉貴は国外に旅行に出掛けているので正月の元旦は俺一人の事が多いのだ。だからこその、やどかりの生体模倣なのだが。
「それじゃ出掛けて来る」
 親父の言葉に姉貴が近寄ってネクタイの曲がりを修正し
「行ってらっしゃい。余り出先で飲みすぎちゃ駄目よ。怪しくなったら連絡するのよ。迎えに行くから」
 そう言って送り出した。
「行っちゃった。えるちゃんお腹は空いてない?」
「はい大丈夫です」
「そうか。ならお茶でも入れようかしらね」
 姉貴はそう言って冷蔵庫からレアチーズケーキを小皿に載せて出してきた。姉貴は千反田の着物を眺めて
「良く似合ってるわ。ホント綺麗。でも、万が一という事もあるから着替えた方が良いも。わたしの服で良いなら丁度良いのがあるから」
 不安そううな顔をした千反田に姉貴は
「大丈夫。帰る時に着付けしてあげるから。えるちゃんもある程度出来るんでしょう」
「はい。でも他人のなら着付けられても自分のは不安だったのです」
「大丈夫。お姉さんに任せて。さ、わたしの部屋で着替えれば良いわ。丁度、明日出社するので、着物を着て行こうと思って着物掛けを出したところだから大丈夫よ」
 姉貴はそう言って千反田を自分の部屋に連れて行った。俺は仕方なしに薬缶に水を入れてコンロに掛けた。
 その薬缶が沸いた頃だろうか、姉貴と千反田が部屋から出て来た。
「おまたせ~奉太郎えるちゃんの着替えた姿を見たかったでしょう」
「べ、別に……」
 そうは言ってみたが、どうのようなものを着たのか、見てみたかったのは悔しいが事実だった。
「じゃ~ん」
 姉貴の後ろから現れた千反田は若草色のVネックのセーターにスリムのデニムだった。確かに姉貴の服だが良く似合っていた。但し、頭がそのままなので和洋折衷という感じだった。でも悪くなかった。
「ほら、奉太郎は見惚れているでしょう」
 姉貴の冷やかしでは無いが確かに俺は千反田の姿に見惚れていた。Vネックからは豊かな谷間が覗いていたし、躰のラインがハッキリと出ていて、こんもりとした胸や豊かな腰の線が何とも眩しかった。これは姉貴は確信犯だと思った。千反田は少し恥ずかしそうな表情を見せている。
「良く似合ってるよ」
 やっとそれだけが口から出た。続きの言葉が出なく困ってると台所の薬缶のお湯が沸いたのでその場を去る事が出来た。すると姉貴が
「紅茶で良いわよね。わたしが入れるから」
 そう言ってさっさと台所に去ってしまった。居間には俺と千反田だけが残された。
「余りにも躰の線が顕なんで恥ずかしいと言ったのですが供恵さんは、これぐらいが魅力を現せていい感じだと言うものですから」
 千反田は立ったままセーターの裾を両手で引っ張っている
「今日は着物姿といい。俺にとっては嬉しい事が続くな」
「そう言って頂けると嬉しいです」
 その時だった。姉貴が銀盆に紅茶をティーカップに三杯入れて持って来た
「さあお茶でも飲んで。その後は奉太郎の部屋にでも行けば良いわ」
 その後は姉貴が海外旅行の失敗談や武勇伝を披露して千反田を大層喜ばせた。そう言えば、こいつはこの手の話が好きだったと思い出した。でも困ったのは千反田が笑うとセーターの胸が揺れる事だった。正直目のやり場に困ってしまった。
 だが姉貴は千反田の立場を判っていたみたいだった。千反田がトイレに立った時に俺に
「えるちゃん。羽織の紋が一つ紋だったわね」
「ああ、それが何か?」
「あんた鈍いわね。今日は初詣のついでにお父様の代理でお使いをしたのでしょう」
「ああ、昨年もやった」
「去年の事は判らないけど。今年は家のお使いなのに一つ紋という事はどうなのよ。紋の数が多いほど格が高くなるのよ。五つ紋、三つ紋、一つ紋の順なのよ、五つ紋は第一礼装、三つ紋と一つ紋は略礼装となるの」
「だから?」
「判らない? えるちゃんは家の公式なお使いという立場からは外されそうなのよ。もう満なら十七歳よ。昔なら十八だわ。お嫁に行ってもおかしく無い年頃よ。つまり大人という事」
「そうか。それなのに略礼装という事は……」
「まあ、えるちゃんにはアンタという存在があると知って、わざわざ顔見世しなくても良いという考えだったのかも知れないけどね。兎に角、えるちゃんは家の中でも微妙な立場に立たされていると言う事なのよ。アンタ大丈夫? えるちゃんを支えてあげられる?」
「大丈夫だ。元よりそのつもりだ」
「なら良いけどね。しっかりしなくちゃ駄目よ」
 姉貴はそう言って自分の部屋に下がって言った
「帰る時に声を掛けてね着付けしてあげるから」
 俺は姉貴の後ろ姿を見ながら改めて千反田の事を考えるのだった。
 その後、千反田が帰って来て
「供恵さんのお話、面白かったですね。思い切り笑ってしまいました」
 そう言って嬉しそうな顔をする。でも俺は今、姉貴が言った事を千反田には言えない。言えるはずが無いのだ。だから、そっと千反田を抱きしめた。柔らかい千反田の胸が俺の体で潰される。いきなり抱き締められて戸惑う千反田
「折木さんどうしたのですか?」
 そう言っていたが、やがて千反田も両方の腕を俺の背中に回した。
 新年の午後の陽が柔らかく差し込んでいた。
 この次は二人でやどかりの生体模倣でもしようか。


                 <了>

氷菓二次創作「奉太郎の決意」

 その電話は、暮れも押し詰まった十二月の三十日に掛かって来た。受話器を取り上げると電話の主は千反田だった。
「もしもし、折木さんですか?」
「はい、折木ですが……千反田か?」
「あ、はい。良かったです」
「どうした。何かあったのか?」
 昨年は元旦の夕暮れに一緒に初詣に荒楠神社に出掛けた。千反田の家の使いがてらとは言え元旦から一緒だったことは間違いない。その時の事件については、改めて語る事も無いだろう。
「いえ、特別な事は無いのですが、元旦は何かご用事がありますか?」
 昨年に続いて家の使いのついでに一緒に荒楠神社に初詣に行かないか? という誘いだと思った。正確には今年なのだが便宜上昨年と記す。
「特別な用事はないぞ。やどかりの生体模倣をする以外はな」
「やどかりの生体模倣ですか。わたしも一緒にしても良いですか?」
「は!?」
「冗談です。まさか折木さんのお宅で、一緒にそんな事をする訳には行きません」
 千反田がこんな冗談を言うのは珍しいと思った。
「実は、昨年に続いて一緒に荒楠神社に初詣に行って頂けないかと思いまして」
「ああ、いいぞ。どうぜ暇だからな。時間は昨年と同じか?」
「いいえ今年はお昼ごろなんです」
「昼ごろ? お昼には来客の相手をしなくてはならないのでは無いか?」
「今年は少し様子が違うのです。詳しい事は電話では……」
 何か事情がありそれが千反田家の事柄に絡むなら電話口で軽々しく言えはしない。
「判った。事情は当日訊こう」
「ありがとうございます。そうして頂けると助かります」
 電話の向こうで千反田が頭を下げた気がした。結局、お昼ごろの時間を約束して電話を切った。待ち合わせ場所は昨年と同じ荒楠神社の石段の下にした。その方が判り易いからだ。昼なら昨年よりも人の数は多いに違いない。下手な場所で待ち合わせをしたら間違いが起きる可能性もあると思ったからだ。
 年が開け元旦となった。今年は姉貴が家に居る。二日から仕事だからだ。海外相手なのでのんびりと正月を過ごす時間は無いそうだ。俺は姉貴の冷やかしの言葉を背に受けて家を後にした。
 荒楠神社まではゆっくりと歩いても二十分ぐらいだ。通常なら十五分もあれば到着する。正直俺は、今年は千反田がどのような着物姿で現れるか楽しみだった。
 荒楠神社に到着して腕時計を確認すると約束の時間までは少し間があった。今日は穏やかな天気で風も無いので幾分か楽だった。しかし、そこは神山。東京などよりかなり気温が低いのも事実だった。トレンチコートの襟を立てて寒さを避ける。
「お待たせしました」
 その声に振り返ると、千反田が立っていた。薄いピンクの地に白い梅の花が描かれた着物に朱の帯をしていた。帯にも柄があるみたいだが判らなかった。そして昨年と同じように羽織を着ていて、その色地は明るいグレーに僅かに赤みがかった感じの色地で、後で霞色と言うのだと知った。柄は特になく恐らく千反田家の紋が入っていて所謂「紋付き」と呼ばれるものだった。
 シックな感じながらも着物の柄が映えて千反田の存在を一際輝かせていた。袖は振り袖ではなく普通の長さの袖だった。今年も着物姿の千反田を見る事が出来て嬉しかった。見惚れるという言葉があるなら、それだと思った。
「明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します」
 千反田がそう言って頭を下げる。俺も
「おめでとうございます。こちらこそ宜しくお願い致します」
 そう返事をする。
「今年の着物も良く似合ってるな」
「ありがとうございます。今年も小紋です。江戸小紋なんですよ。似合っているかどうか自信が無かったのですが、折木さんに褒められて嬉しいです」
 アップした髪のせいでハッキリと見えるようになったうなじが本当に色っぽく、真っ赤に染まっていた。
「あまり見つめないで下さい。嬉しいのと恥ずかしいので混乱してしまいます」
 千反田はそう言っていたが満更でもなさそうだった。
「その酒を持とう」
 そう言って千反田が下げていた包を受け取った。
「ありがとうございます。何だか時間以外は昨年と同じですね」
 千反田はそう言ってニコニコしている。一緒に石段を登りながら
「来客の相手はしなくても良いのか?」
 俺は普通の質問だと思ったのだが千反田の口は重かった。
「そうですね。結果だけ見れば何でも無いのです」
「どういう意味だ?」
「元旦の来客ですが、午前中は親戚が中心です。父は親戚には、わたしが家業の農業を継がないと知らせました。だから新年の挨拶でもその事に触れる者はいません。でも午後からは親戚以外のお付き合いのある方が中心です。噂を聞いて必ずその事に話しが及ぶと思うのです。そこに、わたしが居たら両親も困る事になります。だから家のお使いという用事で出かける事になったのです。わたしがその場に居なければ、その事に触れる事も少なくなるとの考えなんです」
 そうか、何か事情がるとは思っていたが、正式な後継者なら来客の相手もしなくてはならないが、そうで無ければ、その場に居る必要は無いという事だ。しかし、それで良いのだろうか? それが正しいのだろうか?
「父はわたしの事を考えての事だと思っています」
 理屈ではそうだろうが、俺は何かスッキリしないものが残ったのだった。 石段をゆっくりと登って行くと千反田が酒を持っていない方の手に自分の指を絡ませて来た。
「もし折木さんが転んだりしたら大変ですから」
 頬を赤くしてそんな事を言う。俺は千反田がいじらしくなってしまった。『お前は跡継ぎでは無いのだから家で来客の相手をしなくても良い』と暗に言われたのと同じだからだ。
しっくかりと指を絡め合う。出来ればこんな家の用事の物なぞ放り出してこの石段のお踊り場で千反田を抱き締めたかった。
「折木さん。本当にこれからも宜しくお願いします」
「当たり前だろう。どんな立場になってもお前に変わりは無い。俺は相手の立場で付き合いを変える人間じゃ無いと自分では思っている」
「それは判っていたのです。信じていました。でも実際にこう扱われると……」
 恐らく千反田の心にはポッカリと穴が開いてるのだろう。俺の力でそれを少しでも埋められれば良いと思った。
 石段を登りきり拝殿に向かう。二拍二礼をして参拝を済ませる。千反田は色々な事をお願いしたのだろう。俺は今までは特に考えなかったが、今年は違った。今年は千反田の行く末に幸あれと祈ったのだった。
「今までは色々な事をお願いして来ましたが。今年は一つだけにしました」
「ほう何をお願いしたんだ?」
 俺がそう尋ねると千反田は顔を真赤にして
「それだけは言えません」
 そう言って首を左右に振った。うなじ迄が真っ赤になってるのも良いと思った。
 その後社務所に趣き、新年の挨拶をした。これは昨年と同じだったが、来た時刻を見て十文字には大凡の事が判ったみたいだ。
 十文字は俺だけを呼び寄せると小声で
「折木くん。えるをしっかり支えてあげてね。あの子には君しか居ないから」
 俺にそう言った。やはり事情が判っていたのだ。俺も
「判った。元よりそのつもりだ」
 そう言って自分の考えを述べた。
 帰りの道すがら
「このまま帰れないのだろう。何処かで時間を潰して行くか」
「そう出来れば助かります」
「じゃあウチに来るか? 今日は親父も姉貴も居るがな」
「供恵さんがいらっしゃるのですか、それにお父様も居るならご挨拶したいです」
 千反田は嬉しそうに言う。
「お前はウチの姉貴をどう思っているんだ?」
「そうですね。とても聡明で広い考えの持ち主で素敵な方だと思います。あのような方なら姉になって欲しいです」
「そうか、お前は弟か姉が欲しかったんだっけな」
「はい。供恵さんなら最高です」
 そんなものか。俺にとっては悪夢だがな。
「折木さん寒いですね」
 千反田がそう言って俺の左腕に絡みついて来た。最初はそのままにしていたが、その腕を解いて、千反田の肩を抱いて自分の方に引き寄せた。
「おれきさん……」
「千反田。俺は微弱な力しか無いが、お前を守りたいんだ。どんな事があってもな」
 それを聴いた千反田は最初は驚いて俺を見つめていたが
「嬉しいです! わたしも、この腕を放したくありません」
 それは俺も同じ気持ちだった。誰も通らない道の影に二人で行き、千反田の華奢な躰を抱き締めて、そっと唇を重ねた。二人の上空には冬晴れの空が広がっていた。

                   
                     <了>
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