浮世絵美人よ永遠に 第十話 吉原へ

2  新宿の日本東亜美術館から帰って来た。北斎さんは途中の景色を眺めていたが、お栄さんは美術館で写生した下絵に手を入れていた。それを脇から眺めながら北斎さんは
「今まで、お前には随分手伝わせてしまった。今度は本格的に自分の絵を描いちゃどうだ。それだけの力量もあるだろう。特に美人の絵なんざ俺より上手い」
「描けるかな……挿絵や小物じゃなくて、ちゃんとした奴……」
 俺は先日の国立博物館に行った時に、わざと「月下砧打美人図」は見せなかった。見れば自分の作品だと判るだろう。それが良いか悪いかは判らない。特にあの絵は一度押した落款を削って父親の作品として売ろうとした事がある。それを止めさせたのは蔦屋さんだ。蔦屋さんは早くから彼女に注目していて、幼い頃からしばしばタイムスリップして色々と教えていたらしい。お栄さんの身元引受人が蔦屋さんだったのもそのような事情があったからだ。
「一度江戸に帰りたい」
 下絵に手を入れながらお栄さんがポツリとそんな言葉を漏らした。
「なんだ、お前こっちに住むつもりだったのか?」
 北斎さんが驚いて訊くと
「違うよ。書きたいものが出て来たんだ。それはこっちの世界じゃ駄目なんだ」
 そう言って運転している俺をミラー越しに見つめた。
「事務所に帰ったら相談しましょう。北斎さんはこのまま帰らえるのでしょう?」
 俺は北斎さんの都合を口にすると
「じゃあ、その時一緒に帰りたいな」
 彼女がどうしても描きたくなったものとは何だろうか?
 俺は運転しながら考えていたのだった。

 事務所に着いて、これからの予定を確認する。さきが予定表を眺めながら
「鉄蔵さんはこのまま江戸の自宅に帰る事になっています。正直お疲れだと思います。一旦休まれて、次の機会に来られても良いと思いますが、如何ですか?」
 さきに尋ねられた北斎さんは
「そうさなぁ~ 疲れたのは正直、そうだな。一旦帰ってしたい事もあるしな」
 恐らく、北斎さんも何かしらの刺激を受けたのだと思う。あれだけの絵画を見たのだ。絵師としても考える事があるのだろう。
「お栄さんは着替えないとなりませんので、わたしと一緒に一度センターに向かってください。そこで着替えてから江戸に向かいましょう」
「おい、鉄蔵さんの帽子と着物は?」
 確か北斎さんもセンターで着替えていたはずだった。
「帽子だけこちらに置いておけば宜しいかと思ったのですがねえ」
 さきはそんな呑気な事を言ってるが
「万全を期した方が良いと思うがな」
 五月雨さんの言葉で北斎さんも一旦センターで着替えてから江戸に向かう事になった。 そう決まるとお栄さんが蔦屋さんに何かを耳打ちをしている
「手形を貰えば一人でも大丈夫でございましょう」
「でも夜だから一人では……」
「ではこうすけさんにも一緒に行って貰いましょう。何かあった場合、頼りになります」
 何処に行く相談なのだろうか。兎に角俺も一緒に連れて行く腹積もりらしい。
「お栄さん、何処に行って何を書きたいのですか?」
 はっきりと尋ねてみた。すると
「夜の吉原の光景を描いてみたいのですよ。本当の夜の女達の様子を描いてみたいのですよ」
 何と言う事だ。これは「吉原格子先図」を描くと言う事ではないか。俺は自分が歴史の真っ只中に居る事を意識したのだった。

 センターで手短に着替えを済ませる。さきもここまでは同行して来た。そんな行動をお
栄さんは勘違いしたのか
「さきさん。大丈夫です、ナカに入っても見世には上がりませんから」
 ナカとは吉原の遊郭の事で当時の隠語だ。
「それは一応大丈夫だとは思いますが、なんせこの人も男ですから」
 そうか、それで、さきの視線が冷たかったのかと理解した。
「馬鹿だな。仕事で行くんだ。そんな事する訳が無いだろう」
 当たり前の事を口にする。俺としては「吉原格子先図」をちゃんと描いて貰うのが先決で、自分の事なぞどうでも良い。
 さきは一応納得した。俺は、正直、何処の誰とも判らない人間とそんな気にはなれない。

「では蔦屋さんもお願いします」
 さきに、そう言われて転送室に入る。俺と蔦屋さんとお栄さん、北斎さんの四人は江戸の北斎さんの自宅に転送された。
「へえ~こりゃまた驚いた。この前食い掛けだった饅頭が未だそこにある」
 北斎さんが驚いている。
 一応自分の時計で確認する。今は、この前ここからセンターに向かった時間から三分後だ。
「前とほぼ同じ時間ですよ」
 そう教えてあげると、納得した。すると北斎さんは
「そうか、何だか時を儲けた気がするねえ」
 そんな事を言って上機嫌だった。
「俺は少し横になるから」
 北斎さんはそう言うとゴミを片付けた所でゴロリと横になった。そしてすぐにイビキをかき始めた。
 江戸の時間は未だ朝の内だ。一種の時差ボケになっているのだ。北斎さんとすれば丸々一日東京で美術館を見て廻ったばかりで気持ちは夕方なのだ。そこで我々は、この時代の組織が借りてる神田の長屋に行く事にした。そこで夕方まで雑魚寝をしよう言う事になった。お栄さん曰く
「昼のナカなんて見ても仕方ない」
 と言う事だった。それに確か長屋には寝具も用意されていたと思う。俺は兎も角、お栄さんと蔦屋さんにそのままの格好で寝さす訳には行かなかった。
 長屋に着いてみるとどうも先程まで坂崎さんが来ていた様だった。連絡のメモが残されていた。それを見ると
「布団は三組あるから安心して使うように」
 と現代語で書かれてあった。変体仮名なぞ使われたら全く読めない。それにしても、惜しい事をしたと思う。でも考えて見ると天保の頃の坂崎さんは未だ結婚はしていない。したのは嘉永の頃の坂崎さんだ。何だか面倒くさい。
 布団はたしかに三組あったので、それぞれが困らずに寝られる事が出来た。横になり布団を掛けるとすぐに意識が無くなった。

「そろそろ良い時間でございますよ」
 蔦屋さんの声で目を醒ます。お栄さんは既に起きていた。
「何処かで蕎麦でも手繰ってから行きましょうか」
 蔦屋さんの言葉に頷いて、布団を畳んだ。気のせいかも知れないが一組が綺麗なままの様な感じがした。
 長屋から大通りに出た所の蕎麦屋で蕎麦を手繰る。この頃の蕎麦の量は今のより少し小ぶりで。当時の大人は男女でも二杯食べたらしい。蔦屋さんは
「ここの蕎麦は結構行いけるのでございますよ」
 そう言って俺とお栄さんを店に案内した。
 店は思っていたより広く、店内は朝から賑わっていた。
「何が出来るのですかね?」
 俺はそんな質問をすると
「こうすけさんの時代のものは大抵ありますよ、カレー南蛮とかはありませんけどね」
 確かに幕末の頃には今とそう変わらないものが食べらたらしい。そこで俺は
「しっぽくを食べてみたいなぁ~」
 そう口に出した。落語好きなら一度は本物の「卓袱」を食べてみたいと考えるのでは無いだろうか。
 結局、三人とも同じのにした。
「やっぱり二杯食べるのかな?」
 俺がそんな事を言うと蔦屋さんが
「これからナカに繰り込もうとしてるんですよ。一杯がいいのでは無いでしょうかねえ」
 確かにそれはそうだと思った。そして蔦屋さんは
「お栄さんは女性ですし、こうすけさんは歩き慣れていませんから、そこの和泉橋の袂の船宿から猪牙舟(ちょきぶね)を仕立てて、船で乗り込みましょう。実際に見世に上がる訳ではありませんから、それぐらいは奢りましょう」
 その考えに俺もお栄さんも賛成した。
「和泉橋の袂の神田川から大川へ出て、あとは見物しながら上流へと上っていくのでございますよ。舟は山谷堀の入口で止まるので、そっから土手を歩いても良いと思います。距離はすぐですからね」
 蔦屋さんの説明を聞いて俺はちょっと楽しみになったのだった。

浮世絵美人よ永遠に 第九話 弁松と日本東亜美術館

 ph_ben09pop 事務所に帰って来てみると、「弁松」の弁当が用意されていた。「弁松」は文化七年に日本橋の河岸に「樋口屋」と言う食事処として営業を始め、折り詰めの弁当が好評で、嘉永三年に日本初の折詰料理専門店「弁松」として創業された店で、その独特の濃い味が売りになっている。味が濃いのは保存のためと、酒の肴としての事を考えての上だったそうだ。未だに江戸の味を現代に伝えてくれている。落語「子別れ」にも登場している。
「これは、わたしが考えて取り寄せたのでございますよ」
 そう言って蔦屋さんが嬉しそうな顔をした。
「あれ、だって蔦屋さんの時代には無かったはずでは……」
 確かに文化では本当なら生きてはいない。そこまで考えて坂崎さんが教えたのだと推理した。坂崎さんなら元が嘉永の人だから「弁松」は知っている。
「坂崎殿には随分美味しい店を教えて貰いました。これは随分役に立っておりまする」
 そうか、例えば何処かの時代の絵師に繋を付ける時も、手土産で江戸で評判の店のものを持って行けば話は通じやすい。
 蔦屋さんが取り寄せたのは「本七」と呼ばれるお弁当だった。赤飯も付けられるが、今日は普通の白いご飯にした。
「いただきま~す」
 今日は事務所の職員も皆これを食べるのだそうだ。北斎さんが一口食べると
「これは『樋口屋』と同じ味がしますね」
 一発で判ってしまった。それを見てお栄さんが笑いながら
「判るはずですよう。だって『樋口屋』の弁当は三日と開けず買いに行かせ食べているんですからねえ」
 そうだったのか、記録の上でも北斎、お栄親子は食事は全て買って来たか、出前をさせて居たという。
 皆が食べている「本七」とは、おかずとして以下のものが入っている。
 めかじき照焼、玉子焼、蒲鉾、豆きんとん、甘煮(つと麩、蓮根、里芋、穴子八幡巻、帆立、蒟蒻、揚ボール(魚肉)、筍、ごぼう、椎茸、絹さや、いか白焼、生姜辛煮。かなり豪華だ。見て判るとおり、肉は入っていない。これを選ぶとはさすが蔦屋さんだと思った。
「はぁ~この味は癖になる味だなぁ。呑み助なら一杯呑みたくなるだろうな」
 北斎さんがそう言うとお栄さんが
「鉄蔵は殆ど呑めないんですよ」
 確か、春朗の頃は多少は呑めたはずだが。
「一度ひどい目に逢いましてな。それ以来嫌いになりまてな」
 そんな事があったとは何処かの記録で読んではいたが、外観的には呑める感じなのだ。
「食べながら聴いて下さい。午後からは西新宿にある「日本東亜美術館」に行きます。ここでは、ルノワール、ゼザンヌ、ゴーギャン、ゴッホなどが見る事が出来ます。それに東郷青児も見られます。彼の作品は特にお栄さんに見ておいて欲しいのです」
 蔦屋さんが午後からの予定を話す。蔦屋さんは何時の間にか、本来の美術商としての立場になっている。画家を育成させる喜びを目標にしているのだ。それが組織の目的と合致しているのだ。東郷青児を見たお栄さんの美人画を俺も見てみたい。

 お栄さんも「弁松」の弁当は気に入ったようだ。
「このお弁当、本当に美味しい。江戸に帰っても食べられるかしら」
 よほど気に行ったらしい。さきが
「今は日本橋の河岸に『樋口屋』と言う名前で飯屋をやっていますが、後二十年ほど後に『弁松』と言う店に変わってこれと同じものが食べられますよ」
「後二十年……」
 お栄さんはそのまま黙ってしまった。

 食事を済ませると車に乗って貰って新宿に急ぐ。蔦屋さんは今回も来なかった。恐らく五月雨さんと計画を練っているのだろう。もう完全に蔦屋さんは組織の頭脳となっている。出来る人は違うのもだと思う。 
 新宿に着くと高層ビルに驚くかと思ったが、二人共余り驚きもせず
「この辺りは江戸だと、何処らへんですかねえ」
 そんな事を尋ねるので、
「角筈十二社あたりですかねえ」
 すぐに、さきが答える。俺は新宿十二社と言いそうになった。多分判ったかも知れないが角筈の方が判りやすいだろう。日本東亜美術館は正式には「損保ジャパン 日本東亜美術館」と言う。その昔、ゴッホのひまわりを日本の保険会社が買って話題になったが、その会社が資産を公開しているのだ。
 地下の駐車場に車を置いて、損保ジャパン日本興亜本社ビルの四十二階まで登る。
 早速、ゴッホの「ひまわり」を見る。二人共それまでの目つきと目つきが違って来た。食い入るように絵を眺めている。
「これも浮世絵の手法を使っていますな。同じ使いが判る」
 次はゴーギャンの「アリスカンの並木路、アルル」だ。北斎さんはこれをかなり注目して見ていた。そしてお栄さんを手招くと
「この光と影の使い方を覚えておきねえ。半端じゃねえぞ」
 北斎さんに言われてお栄さんは、それはそれで真剣に見ていた。そして持って来た紙と筆を出して模写し出した。脇から見ていると簡単な模写に思えたが、お栄さんにはそれで充分だったようだ。満足気な表情をした。
「後で絵葉書を買いますよ」
 俺がそう言うと
「ありがとうございます! でも今気がついた事を残して起きたかったのですよ」
 そうか、天才とはそんなものなのかも知れないと思った。
 三番目はセザンヌの「りんごとナプキン」だ。これは風景画ではなく、静物を書いたものだ。だがこれにも北斎さんは
「死んだ物に生気を与えるのは影と光なんだ。良く覚えておきねえ」
 そう言ってこの作品も注目するように言った。
 最後は東郷青児の美人画を見る事にした。俺も何回かは見た事があるが、何時見ても素晴らしいと思う。それを見ると北斎さんは
「これは、新しい時代の美人画だ。この筆使い、色の載せ方、特に白の使い方。色白はどの時代でも美人の特徴なんだ。それを覚えておけよ」
 北斎さんの言葉にお栄さんは深く頷き、これも幾つか写生をしていた。

浮世絵美人よ永遠に 第八話 国立西洋美術館

 300px-Nihonbashi_12 お茶を飲んで貰っている間に車の用意をする。俺が運転して、さきが案内役で助手席に乗り、お栄さんと北斎さんには後ろの席に乗って貰う事にした。言う間でもないが、ここでは北斎さんと書いているが実際には鉄蔵さんと呼んでいる。
 蔦屋さんは五月雨さんと何か話があると言う事だった。
「申し訳ありませぬが、五月雨殿と内密な相談がありましてな」
 冗談交じりにそんな事を言うが、この国立西洋美術館の後に二人を案内する所をピックアップするのだと言う。それを聞いて安心をした。
「宜しくお願いします」
 そう頼むと
「任せて下さい。私はこれでもかなりの美術館を見て廻りましたからね」
 そう言って笑っていた。蔦屋さんに頼んでおけば間違い無い。
 車の用意が出来ると二人が五月雨さんに伴われて地下の駐車場に降りて来た。さきが後ろの席のドアを開けて
「鉄蔵さん、どうぞお乗り下さい」
 そう言うと北斎さんは目を見開いて
「これは、凄いですな。江戸で言うと籠ですな」
 そう言って乗り込もうとしたが、シートに正座しそうになったので、お栄さんが慌てて乗り方を教える。
「なるほど、これは理に叶っておる」
 後席のシートに座って納得していた。
 車はこの前と同じように中央通りを上野に向けて走らせて行く。やはり日本橋で北斎さんが
「日本橋って言やあ江戸っ子の自慢だったものだがなぁ……」
 そう言って声を曇らせた。これに関しては我々現代の人間は何も言えない。そして、窓から外を見て
「この辺りは土地が高いんだろうね」
 そんな事を言うので俺は
「やはり判りますか?」
 そう答えると北斎さんは
「判るさ。土地が高いから建物が高いんだろう? 世の常じゃねえか」
 確かにその通りなのだ。俺は意外と北斎さんが今の景色を見て驚いていないのが面白かった。確かお栄さんは声には出さなかったが、興味深そうに表を見ていたものだった。
「絵師としては描こうとは思わぬ景色だね」
 その言葉にお栄さんが
「どうしてだい? あんなに高い建物なんか江戸じゃ見られないじゃないか」
 そう言うと
「確かに高くて驚きだが、物見遊山なら兎も角、絵師としては同じような建物ばかり並んで、そんな景色が面白いか? 人に伝えたいかい」
 確か日本に写真が入って来たのは安政の頃だったと記憶している。写真なら記録と言う事もあるが、北斎さんは絵師として感動する景色こそ描くものだと言いたかったのだろう。
「人が暮らして、絵の中に営みを感じることが出来るのが良いんじゃねえかい」
 確かに、その通りだと思った。それを言われて、お栄さんも納得するしかなかった。
 この前と同じように山下の駐車場に車を駐める。今度は北斎さんの歳も考えて脇のエレベータで上に上がる。
「これは最初センターで乗った時は驚いたが、仕掛けを聞いて納得したんだ。人の考えって変わらないものだなって」
 この辺はお栄さんと同じだ。いや、お栄さんが似たのだ。
 エレベータで上がって降りると上野の森美術館の脇に出る。そのまま右方向に進む。文化会館の脇を進むと右手に国立西洋美術館が見えて来る。最近建物そのものが世界文化遺産に指定された。
「お、これはかなり変わった建物だねえ。如何にも西洋画を飾る場所に相応しい感じがするねえ」
 やはり北斎さんには何か感じるのだろう。さきも
「さすがですねえ」
 感心をしているとお栄さんが
「無理してるだけですよう」
 そう言って笑っている。やはり彼女も少し興奮しているらしいと感じた。大人四枚の券を買って中に入る。特別展が絵画ならついでに見ておこうと思ったのだが、生憎絵とは関係ない展示だった。
 古い時代の絵画は宗教画が多く、その意味を理解出来ない二人には技法だけが興味の対象だった様だ。二人でしきりに構図や絵の具の色の使い方を話している。
 それでも十七世紀のバロック美術では、ヤーコプ・ファン・ロイスダールの「砂丘と小さな滝のある風景」を熱心に見ていた。構図や景色の取り込み方をしきりにお栄さんに話している。
 十八世紀のロココ美術では、ジョゼフ・ヴェルネの「夏の夕べ、イタリア風景」が特に気に入ったらしい。見る位置を変えて何度も見直していた。今の所、人物画には余り興味を示さないのは、この頃の北斎さんが風景をどう取り込むかに興味が注がれていたからだろう。それは広重さんの登場と関係があるかも知れない。
 いよいよ印象派の絵の所に来た。ここには北斎さんや広重さんに影響を受けた印象派の作品がある。それを見て二人は何を言うだろうか。
 ギュスターヴ・クールベの「眠れる裸婦」の所でお栄さんを呼び
「これを見ねえ。これは今日今まで見た絵とは違い、生々しく書いてある。まるで本当にそこで眠っている姿を描いた感じじゃねえか。お前の女を描く絵に不足してるのがこれなんだ。この感じを良く覚えておきねえ」
 そんな事を言っている。お栄さんも自分に心当たりがあるのだろう、熱心に見ていた。
 だが一番注目したのが、クロード・モネの「睡蓮」と「舟遊び」だった。北斎さんは「睡蓮」に近寄るとその筆使いを熱心に眺め、見る位置を遠ざけたりしていた。そして
「これは我々の技法と同じ筆使いがありますねえ」
 さすがに判ったのだろう。俺は
「この絵を描いた絵師は日本の浮世絵に強く影響を受けたのです。同じく浮世絵から影響を受けた絵師の事を『印象派』と言います」
 そう簡単な解説をすると北斎さんは
「影響を受けるのは東西変わりはありませんよ。現に我らだって、西洋の影響を受けていますからねえ」
 そう言って「睡蓮」に感心をしていた。他に熱心だったのが、ポール・セザンヌの「葉を落としたジャ・ド・ブッファンの木々」だった。これは、エクス市郊外の農場の光景を描いたものだが、これを見て
「これはいいなぁ~。まんまじゃねえか」
 そう呟いていた。要するに浮世絵的だと言いたかったのだろう。
 他にも色々と見たのだが
「ちっと疲れた。何処かで休めませんかねえ」
 そう言ってお栄さんの顔を見た。彼女も疲れている感じだったので、喫茶室に入る。俺を除く三人がケーキセットを注文した。さきがコーヒーでお栄さんと北斎さんが紅茶だ。俺はブレンドにした。
「鉄蔵は甘いものが大好きで、酒は殆ど呑まないのですが、菓子は年中食べているのですよ」
 お栄さんはそう言って笑っている。確かに北斎さんの甘いもの好きはかなりのものだったらしい。それは色々な所にも書かれている。
 出て来た「本日のケーキ」はフルーツケーキだった。生クリームの上にイチゴを始め色々な果物が細かくカットされ載せられていた。さきが食べ方の見本を見せると、お栄さんも北斎さんも同じようにして口に運んだ。
「ん、これは旨い! 西洋の菓子も捨てたものではありませぬな」
「本当、とても美味しい。これは癖になる味」
 二人共気に入ってくれて何よりだった。
「一旦事務所に帰りましょう」
 俺はそう言って一旦帰る提案をした。既に昼が過ぎている。二人を始め俺たちも昼食を採らねばならなかった。
「正直、腹も減りましたからな」
 北斎さんがそう言って笑った。

浮世絵美人よ永遠に 第七話 北斎東京へ

 開け放たれた引き戸から少し家の中の様子が伺える。どうも隣も借りていて、仕切を取り払って使っているようだった。手前の部屋が作業場らしく、文机にが二つ置いてあり、その上に筆が幾つか置かれていた。お栄さんと北斎さんのそれぞれの机なのだろう。この天保の頃には今に通じる机や居酒屋なのでは樽を椅子代わりにして座らせる店などが出て来ていた。絵師もこの頃は畳に机を置いてそれに紙を広げて絵を描く事が普通になっていた。実は蔦屋さんは寛政の頃にはこれを考えついていて写楽さんに使わせていた。
 文机の周りには書き損じた紙が丸められて散乱していた。部屋には棚が置かれており、そこには紙や既に描いたと思われる作品の一部分が見えていた。首を伸ばして奥の隣の部屋を見ると色々なものが散乱している。
「散らかっているけど、座れるようにするから」
 お栄さんはそう言って文机の周りの紙屑を隣の部屋に押しやった。
「どうぞ」
 そう言われては上がらない訳には行かない。正直気が進まなかったが仕方ない。この時、俺はさきも蔦屋さんも着物のグレードを一段落としていた事に気がついた。二人は予想していたのだ。間抜けなのは俺だけだ。後で、さきに「何故教えなかったのか」と問うたら
「だって、あなたは三人の中でも責任者ですよ。一番良い格好をするのは当然じゃありませんか」
 そんな返事が返って来た。確かにそうだ。いつの間にか、さきより俺の方が責任者になったのが何か腑に落ちなかった。だって、俺よりさきの方が経験者でベテランなのだから。
 中に入らせて上がらせて貰う。部屋は六畳で奥に台所がついている。表に向かった側に窓があり二つの文机はその壁に並んで置かれていた。ここで幾つかの作品が描かれたのだと思うと感慨が深い。
「ま、座布団もありませんが……」
 お栄さんが、そんな事を言うので
「それ、現代ですよ。この時代は畳に座布団は敷かないのでは?」
 俺がついそんな事を口にすると
「でも、最近はそうでもないのですよ」
「そうなのですか」
 幕末は色々と変化のあった時期で、混乱する。
「今日はお栄さんを現代に連れて行く為にこちらに来ましたが、表で伺った範囲では鉄蔵さんも一緒に行きたいそうで」
 俺は正直に先程聞いた事を言うとお栄さんは
「そうなんですよ。それは虫が良すぎると叱っていたところだったのですよ」
 お栄さんは俺たちと話す時はかなり俺たちの時代の言葉を使ってくれる。それはセンターで一週間ほどレクチャーを受けたからだ。
「鉄蔵さん。西洋の絵を見たいならお栄さんと一緒に行きましょう」
 俺がそう言うとさきも
「但し、秘密でござんすよ」
 そう言い、蔦屋さんが
「敢えて北斎殿と呼ばせて戴きますが、どうしても西洋画の技法を学びたいなら、お手伝い致しとうございます」
 蔦屋さんの本音でもあり我々の総意でもあった。
「よろしいので?」
「勿論ですよ。一緒に行きましょう。」
 信じられないと言った顔をしている鉄蔵こと葛飾北斎さんは娘のお栄の顔をしみじみと眺めて
「へへへ、これで生きる望みが増えたってものだ」
 そう言って表情を崩した。それを見てさきが
「その為には、まずお栄さんもこの前行った。我々の組織のセンターに一緒に行って貰うでござんす。そこで着替えたり、簡単な事を学んで貰うでござんす」
 さきがそう言ってこれからの予定を述べた。
「実際にこの目見られるなら、どんな事でもしやすよ」
 まず、最初に説明をする。
「鉄蔵さん。これから我々と一緒に現代に向かうのですが、帰って来るのもこの時間になります。ですから他の人にはお二人がずっと家の中に居た事になっていますので、その辺の事は宜しくお願い致します」
 俺がそう言うと鉄蔵さんは
「話しても誰も信じねえし、その昔、こうすけさんや、さきさんに逢ったことは一度も口にしてはいませんよ」
 そう言って、そんな事は納得済みだと言う顔をした。
「では、早速行きましょう」
 蔦屋さんがそう声を掛ける。時限転送手タブレットは俺とさき、それに蔦屋さんも持っている。我々に持たされているタブレットの能力は一つでは人なら二人とプラスαで、要するに絵画を運ぶ事が出来る訳だ。
 俺が、鉄蔵さんを、さきがお栄さんを。それから蔦屋さんが二人の希望で絵の道具が入った鞄を運ぶ事になった。センターや八重洲のギャラリーの転送装置はもっと大きいのでこれぐらいなら一緒に転送出来るから帰りは心配していない。センターの了解を受けたので
「それでは」
 三人一斉にタブレットのスイッチを入れた。その途端に一瞬目の前が暗くなり次の瞬間にはセンターの転送室に居た。
 エンジニアが笑顔で
「ようこそ北斎様。ここが我々組織の中核のセンターです」
 転送室から出て来た鉄蔵さんは周りを見渡しながら
「はあ~これは、凄い。全く違う場所に来てしまった」
 そんな言葉を口にした。
「鉄蔵、こんな事で一々驚いていたら仕方ないよ。大変なのはこれからなんだから」
 お栄さんはもう慣れているので、驚きはしなかった。
 とりあえず、今の格好では不味いので着るものをどうするか決める事にした。歩きながら蔦屋さんが鉄蔵さんに
「『富嶽三十六景』の方がいよいよ最後なのでは?」
 そう尋ねると
「いや、絵はもう仕上げて渡してあるんで、彫師と摺師の仕事があるだけで。だから次の事を考える余裕があるんで」
 センターのリノリウムの床を草履でパタパタさせながら歩いて行く。
 
 結局、鉄蔵さんも着物に草履となった。頭には少しつばの広いパナマ帽を被る事にした。甕覗(かめのぞき)と呼ばれる淡い藍色の無地の着物に鳶色(とびいろ)の羽織にした。白いパナマ帽が良く似合っていた。
 鉄蔵さんは鏡に自分の姿を写しながら
「馬子にも衣装とは良く言ったものだなぁ。それにこれ絹じゃねえかい。良いのかい?」
 天保時代は「天保の改革」が行われ、贅沢は禁止された。その改革の始まりの時代でもあったのだ。
「今は色々な素材のものがありますよ」
 センターの係員に言われ鉄蔵さんは納得していた。着る物の次は言葉だがこれは簡単な注意に留まった。それは鉄蔵さんが、いきなり現代の人間と言葉を交わす事が無いだろうと想定されたからだ。
 お栄さんもこの前来た時に着替えたスーツ姿にポニーテールになった。それを見た鉄蔵さんは
「へえ~まるで別人じゃねえか。後でその姿を描いてやるよ」
 そう言って我が娘の姿に見とれていた。
 俺とさきは着物から普段の格好に、蔦屋さんは現代に来る時に使う帽子を被って準備は出来た。
 転送室から八重洲の、ギャラリーに向かって転送して貰った。転送室の外では五月雨さんが出迎えてくれていた。
「北斎殿、ようこそ。ここの責任者の五月雨と申します」
 五月雨さんが自己紹介をすると
「北斎こと画狂老人でございます」
 そう言って自己紹介をした。鉄蔵さんは辺りをキョロキョロと見回していて、落ち着かない。それを見たお栄さんが
「少しは落ち着きなよ。みっともない」
 そう言って窘めるのだった。
「所変わればと言いますが、全くその通りで」
 鉄蔵さんにとってはこの現代には幾つも興味を惹かれる事があるのだと思うのだった。
「一休みしたら行きましょう」
 俺の言葉に嬉しそうに頷くのだった。

浮世絵美人よ永遠に 第六話 再会

index01 木曜日、その日の朝早くにギャラリーからセンターに向かった。さきは手持ちの着物姿で何とかなるが俺自身はカツラを被らねばならないのでセンターで手早く着替えて江戸に向かわなければならなかった。本来ならば坂崎さんがセンターまで連れてくれれば手間はかからないのだが、生憎、坂崎さんは婚礼と言う人生でもかなり大きなイベントがあるので、今回は出来ないのだ。それに本業もこっちも非番と休暇を取っている。
 ならばと、蔦屋さんも一緒に江戸に向かうことになった。どうしても北斎さんに逢いたいのだと言う。
「あれから、すぐに江戸に行き、坂崎殿にお祝いを渡して来ました。坂崎殿はいずれ直接礼に伺うが、くれぐれも宜しくとのことでございました」
 蔦屋さんは嬉しそうに言う。それはやはり江戸の風に触れた喜びなのかと思う
「そうですか、お任せしてしまって、申し訳ありませんでした」
 本来なら俺とさきも一緒に行かなくてはならないのだが、仕事が立て込んでいて一緒に行く訳には行かなかったのだ。それに大安と言う暦も選ばなくてはならない。
「それでは転送します」
 オペレーターの声に我に返る。気持ちを集中させると一瞬目の前が暗くなったかと思うと、いつぞやの江戸の長屋の一室に居た。俺の記憶ではここは神田竪大工町の裏長屋のはずだった。
「間違いなく転送されたみたいでござんすね」
 さきは、今回の髪はこの当時江戸で流行っていた「割鹿の子」と言う髪型にしてある。これは未婚既婚を問わずにしていたからだ。それまでは既婚者は「丸髷」にするのが普通だった。だからそれを問われない髪型の登場はこの当時としては画期的だったのだ。
 今日は坂崎さんは来ていない。でも正直花嫁さんがどのような人なのか興味はあった。それはさきも同じようで
「次来る時は坂崎さんの所に伺いましょうかねえ」
 そんな事を言って笑っている
「蔦屋さんはこの前、お会いになったのですか?」
 中身が中身だから、むやみに奥方には見せられないかも知れないとは思っていたから、直接出会えたかどうかは判らなかった。
「ええ、紹介させて頂きました。可愛い方でした。お似合いの二人だと思いましたよ」
「あれは、そのまま渡したのですか?」
「いいえ、一旦ばらして、蔦屋に伝わる紙で包み直しました。リボンではなく、組み紐で飾りましたよ。我ながら良い出来だと思いました」
 そうか、蔦屋さんならそれぐらいはしてくれると思ってはいた。
「中身を見て奥方は驚きましたでござんしょうね」
 さきも、そうだが俺もそう思った。その辺を坂崎さんは奥方にどう説明したのだろうか。
「まあ、坂崎殿は本来、開国してからの時代の人でございますから、舶来のシャボンがあると言う事は知っています。それが、どれぐらい高価なものかも奥方はご存じだと思いますよ」
 そうか、調べたのだが、記録上では、坂崎さんが結婚したのは開国してから少し経ってからだった。俺たちが来ている天保年間より大分後なのだ。
 三人は御成街道、今の中央通りに出て北に向かった。筋違御門の所で右に曲がり神田川沿いに歩いて行く。神田川が隅田川に合流する少し前に浅草御門があり、ここを渡る。右側は幕府の御蔵と呼ばれる米蔵がある。そのまま真っ直ぐに歩いて行く。このあたりはこの前の一件でよく訪れた場所だ。あの頃の煮売り屋はもう無い。
 駒形堂が右手に見えたら、浅草寺も近いが、我々が渡る吾妻橋もすぐ傍だ。
 雷門を左に見ながら右に曲がり吾妻橋を渡る。渡った先は本所だ。
「確か今は本所割下水のあたりの長屋に住んでるはずでございます」
 さすがに本来は江戸の人である蔦屋さんは良く知っている。
「でも実際に行ってみないと判りませんよ。なんせ年中越しているのですからね」
「何でそんなに引っ越したのですかねえ?」
 俺の質問に蔦屋さんは苦笑いをして
「掃除をしないので、塵が貯まると越すのでございますよ」
「塵とは書き損じた紙とかですか?」
「それは屑屋が買って行きますから問題無いのですよ。それ以外の食べたものやら、諸々のものがそのまま置いてあるので、絵を描くのに困ると引っ越ししてしまうのでございます」
「塵に埋もれて生活していたのですか、でもお栄さんが一緒のはずじゃ……」
「お栄さんも同じようなものでしてね。掃除や洗濯、裁縫等の家事は嫌いでしてね」
「でも一度は嫁に行ったのでしょう?」
「だから出来ないと言う訳じゃ無いのですよ。嫌いなのです。出来ればやりたくない。絵だけを描いて生きて行きたい。それが彼女の本心なんでございますよ」
「後の話では気が強くて離縁されたとか」
「それもあるでしょうね。でも真実は、自由に絵を描きたかったから……が本心でございましょう」
 恐らく蔦屋さんの言う事が事実に近いのだろう。江戸の事なので、さきと一緒に歩く事が出来ないので、俺と蔦屋さんが並んで歩いている。今日は俺も羽織を着ている。蔦屋さんは草履だが俺は雪駄にして貰った。こっちの方が歩き易いからだ。蔦屋さんは薄い鼠色の無地の着物に藍色の羽織。俺は細かい縞の着物に唐桟の柄の羽織を着ている。どちらも通人が好んで着た格好らしい。
「おふたり、どうもこの辺りでみたいでござんすよ」
 さきが後ろを振り向いて教えてくれた。早速、蔦屋さんが聞き込みを始める。
「このあたりで、絵を描いて生業にしている、掃除をしない家はありましょうか?」
 何とも変な尋ね方だが、これが一番実状を表してると思った。
「掃除をしねえ絵師の家? ああ、この先を右に曲がった左だよ。行けばすぐ判る。塵に埋もれているから」
 縁台で煙草を吸って詰将棋を指してした老人が教えてくれた。俺には老人に見えたが多分五十前後だと思う。
 言われた通りに歩いて行くと路地が交差していた。そこを右に曲がって歩いて行くと、左側から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「だから、お前は一緒に行けねえんだよ。何度言ったら判るんだい」
「冗談じゃねえや。そもそも行けるように繋ぎを付けたのは俺じゃねえか」
「だからいきなりじゃ、向こうも迷惑だって言ってるんだよ」
 入り口の引き戸の前で立って聞いている限りでは、何の事を言ってるのか判った。要するに北斎さんが自分も連れて行けと言ってるのだ。
「どうする?」
 さきに相談すると
「良いじゃありませんか。一緒に連れて行きましょうよ。センターに連れて行けば何とかなるのではありませんかねえ」
 蔦屋さんも
「センターに行けば色々な小道具が揃っていますから大丈夫だと思いますがねえ」
 確かに北斎さんの書いた作品の中には西洋画を見たとしか思えない作品もある。広重もそうだが、幕末の浮世絵師はかなり西洋の技法を取り入れた作品が多い。
 何時まで待っていても言い合いが終わらないので、こちらから声を掛けた。
「ごめんくださいませ。鉄蔵さまとお栄さまはこちらでございましょうか?」
 その途端、言い合いの声が止み、暫く間があってから中から引き戸が開けられた。
「はい、そうでございますが……ああ、皆さん!」
 お栄さんが嬉しそうな表情をして、その後ろでは白いものが混じった髷をした北斎さんが驚きの表情でこちらを見ていた。
「あ、あんた、こうすけさんじゃ……こっちは、さきさん! それに蔦屋の旦那も……皆さんお変わり無いようで……こっちは爺になってしまいやしたがねえ」
 それでも嬉しそうな表情を見て俺は北斎さんも連れて行く決意をしていた。
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