浮世絵美人よ永遠に 第六話 再会

index01 木曜日、その日の朝早くにギャラリーからセンターに向かった。さきは手持ちの着物姿で何とかなるが俺自身はカツラを被らねばならないのでセンターで手早く着替えて江戸に向かわなければならなかった。本来ならば坂崎さんがセンターまで連れてくれれば手間はかからないのだが、生憎、坂崎さんは婚礼と言う人生でもかなり大きなイベントがあるので、今回は出来ないのだ。それに本業もこっちも非番と休暇を取っている。
 ならばと、蔦屋さんも一緒に江戸に向かうことになった。どうしても北斎さんに逢いたいのだと言う。
「あれから、すぐに江戸に行き、坂崎殿にお祝いを渡して来ました。坂崎殿はいずれ直接礼に伺うが、くれぐれも宜しくとのことでございました」
 蔦屋さんは嬉しそうに言う。それはやはり江戸の風に触れた喜びなのかと思う
「そうですか、お任せしてしまって、申し訳ありませんでした」
 本来なら俺とさきも一緒に行かなくてはならないのだが、仕事が立て込んでいて一緒に行く訳には行かなかったのだ。それに大安と言う暦も選ばなくてはならない。
「それでは転送します」
 オペレーターの声に我に返る。気持ちを集中させると一瞬目の前が暗くなったかと思うと、いつぞやの江戸の長屋の一室に居た。俺の記憶ではここは神田竪大工町の裏長屋のはずだった。
「間違いなく転送されたみたいでござんすね」
 さきは、今回の髪はこの当時江戸で流行っていた「割鹿の子」と言う髪型にしてある。これは未婚既婚を問わずにしていたからだ。それまでは既婚者は「丸髷」にするのが普通だった。だからそれを問われない髪型の登場はこの当時としては画期的だったのだ。
 今日は坂崎さんは来ていない。でも正直花嫁さんがどのような人なのか興味はあった。それはさきも同じようで
「次来る時は坂崎さんの所に伺いましょうかねえ」
 そんな事を言って笑っている
「蔦屋さんはこの前、お会いになったのですか?」
 中身が中身だから、むやみに奥方には見せられないかも知れないとは思っていたから、直接出会えたかどうかは判らなかった。
「ええ、紹介させて頂きました。可愛い方でした。お似合いの二人だと思いましたよ」
「あれは、そのまま渡したのですか?」
「いいえ、一旦ばらして、蔦屋に伝わる紙で包み直しました。リボンではなく、組み紐で飾りましたよ。我ながら良い出来だと思いました」
 そうか、蔦屋さんならそれぐらいはしてくれると思ってはいた。
「中身を見て奥方は驚きましたでござんしょうね」
 さきも、そうだが俺もそう思った。その辺を坂崎さんは奥方にどう説明したのだろうか。
「まあ、坂崎殿は本来、開国してからの時代の人でございますから、舶来のシャボンがあると言う事は知っています。それが、どれぐらい高価なものかも奥方はご存じだと思いますよ」
 そうか、調べたのだが、記録上では、坂崎さんが結婚したのは開国してから少し経ってからだった。俺たちが来ている天保年間より大分後なのだ。
 三人は御成街道、今の中央通りに出て北に向かった。筋違御門の所で右に曲がり神田川沿いに歩いて行く。神田川が隅田川に合流する少し前に浅草御門があり、ここを渡る。右側は幕府の御蔵と呼ばれる米蔵がある。そのまま真っ直ぐに歩いて行く。このあたりはこの前の一件でよく訪れた場所だ。あの頃の煮売り屋はもう無い。
 駒形堂が右手に見えたら、浅草寺も近いが、我々が渡る吾妻橋もすぐ傍だ。
 雷門を左に見ながら右に曲がり吾妻橋を渡る。渡った先は本所だ。
「確か今は本所割下水のあたりの長屋に住んでるはずでございます」
 さすがに本来は江戸の人である蔦屋さんは良く知っている。
「でも実際に行ってみないと判りませんよ。なんせ年中越しているのですからね」
「何でそんなに引っ越したのですかねえ?」
 俺の質問に蔦屋さんは苦笑いをして
「掃除をしないので、塵が貯まると越すのでございますよ」
「塵とは書き損じた紙とかですか?」
「それは屑屋が買って行きますから問題無いのですよ。それ以外の食べたものやら、諸々のものがそのまま置いてあるので、絵を描くのに困ると引っ越ししてしまうのでございます」
「塵に埋もれて生活していたのですか、でもお栄さんが一緒のはずじゃ……」
「お栄さんも同じようなものでしてね。掃除や洗濯、裁縫等の家事は嫌いでしてね」
「でも一度は嫁に行ったのでしょう?」
「だから出来ないと言う訳じゃ無いのですよ。嫌いなのです。出来ればやりたくない。絵だけを描いて生きて行きたい。それが彼女の本心なんでございますよ」
「後の話では気が強くて離縁されたとか」
「それもあるでしょうね。でも真実は、自由に絵を描きたかったから……が本心でございましょう」
 恐らく蔦屋さんの言う事が事実に近いのだろう。江戸の事なので、さきと一緒に歩く事が出来ないので、俺と蔦屋さんが並んで歩いている。今日は俺も羽織を着ている。蔦屋さんは草履だが俺は雪駄にして貰った。こっちの方が歩き易いからだ。蔦屋さんは薄い鼠色の無地の着物に藍色の羽織。俺は細かい縞の着物に唐桟の柄の羽織を着ている。どちらも通人が好んで着た格好らしい。
「おふたり、どうもこの辺りでみたいでござんすよ」
 さきが後ろを振り向いて教えてくれた。早速、蔦屋さんが聞き込みを始める。
「このあたりで、絵を描いて生業にしている、掃除をしない家はありましょうか?」
 何とも変な尋ね方だが、これが一番実状を表してると思った。
「掃除をしねえ絵師の家? ああ、この先を右に曲がった左だよ。行けばすぐ判る。塵に埋もれているから」
 縁台で煙草を吸って詰将棋を指してした老人が教えてくれた。俺には老人に見えたが多分五十前後だと思う。
 言われた通りに歩いて行くと路地が交差していた。そこを右に曲がって歩いて行くと、左側から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「だから、お前は一緒に行けねえんだよ。何度言ったら判るんだい」
「冗談じゃねえや。そもそも行けるように繋ぎを付けたのは俺じゃねえか」
「だからいきなりじゃ、向こうも迷惑だって言ってるんだよ」
 入り口の引き戸の前で立って聞いている限りでは、何の事を言ってるのか判った。要するに北斎さんが自分も連れて行けと言ってるのだ。
「どうする?」
 さきに相談すると
「良いじゃありませんか。一緒に連れて行きましょうよ。センターに連れて行けば何とかなるのではありませんかねえ」
 蔦屋さんも
「センターに行けば色々な小道具が揃っていますから大丈夫だと思いますがねえ」
 確かに北斎さんの書いた作品の中には西洋画を見たとしか思えない作品もある。広重もそうだが、幕末の浮世絵師はかなり西洋の技法を取り入れた作品が多い。
 何時まで待っていても言い合いが終わらないので、こちらから声を掛けた。
「ごめんくださいませ。鉄蔵さまとお栄さまはこちらでございましょうか?」
 その途端、言い合いの声が止み、暫く間があってから中から引き戸が開けられた。
「はい、そうでございますが……ああ、皆さん!」
 お栄さんが嬉しそうな表情をして、その後ろでは白いものが混じった髷をした北斎さんが驚きの表情でこちらを見ていた。
「あ、あんた、こうすけさんじゃ……こっちは、さきさん! それに蔦屋の旦那も……皆さんお変わり無いようで……こっちは爺になってしまいやしたがねえ」
 それでも嬉しそうな表情を見て俺は北斎さんも連れて行く決意をしていた。

浮世絵美人よ永遠に 第五話 蔦屋現代に来る

photo1_3_1 来週の木曜日に江戸に行くまでに、お栄さんに見せる西洋絵画のリストアップをしなければならなかった。正直、我々が「吉原格子先之図」を見てしまうと光と影の魔術師と呼ばれたレンブラント・ファン・レインを見せたくなってしまうが、俺たちはそのような誘導行為はしてはならないとされている。自分たちの勝手な思い込みで、当時の人を後世に都合の良いように誘導してはならない決まりなのだ。
「やはり国立西洋美術館あたりが無難では無いでしょうか?」
 さきがあちこちの美術館のHPを見ながら呟いた。考えれば平安の人間のさきが昭和生まれで平成の時代を生きてる俺と結婚し、PCを操ってネットで情報を集めているのはシュールな光景でもある。
「やはりそうかな。広い時代の絵画が見られるからな」
 俺もさきが操っているPCを覗き込みながら言うと
「中世末期から20世紀初頭にかけての西洋絵画とありますね。『松方コレクション』って何ですか?」
 さきが「松方コレクション」に関して知らないのは仕方ない。「松方コレクション」とは、神戸造船の初代社長の松方幸次郎氏(1865‐1950)が第一次大戦により得た莫大な財産を使って広く一万点余りの美術品を集めたのだが、その後の世界的な恐慌でかなりの数が散財してしまったと言われている。
 戦後、フランスに保管されていた一部のコレクションがフランス政府の好意により日本に返還寄贈されたので、それを保管公開するために建てられたのが国立西洋美術館なのだ。
 尤も俺もこの仕事に就いてから勉強したのだった。今はグーグルとの共同で、全てではないが作品を擬似的に体験出来る。詳しくは国立西洋美術館のHPを見て欲しい。
 俺が「松方コレクション」に関してさきに説明をしていると、蔦屋さんがセンターからやって来た。事務室に顔を出すと
「御機嫌よう。お二人で調べものですかな」
 そう上機嫌で挨拶をした。
「いや、今度お栄さんを何処に連れて行くか調べていたのですよ」
 俺が説明をすると蔦屋さんは
「お栄さんには才能を感じますな。わたしが現役の頃だったらお抱え絵師にしていますよ。天保の頃の耕書堂はわたしの子孫に間違いはありませんが、どうも商売の切っ先が鈍っているようでしてな。そんな知恵も無いようですな」
 そう言って苦笑いをした。実際は耕書堂も幾つかお栄さんに注文を出していて、仕事もしているのだが、お栄さん自身が専属になりたがらなかったのだ。それだけ北斎親子には仕事が舞い込んだのだった。
「わたしは、とりあえず『国立西洋美術館』が良いと思うのですが、こちらに来て色々な美術館を見て歩いた蔦屋さんはどう思われますか?」
 さきが、「国立西洋美術館」のHPが映っている画面を見せながら言う
「そうですな。まあ、無難なところでしょう。一度に色々な時代の絵画を見せる事に問題はありますが、彼女なら心配はありますまい」
 俺は蔦屋さんの言葉を聞いて、安心をした。
「蔦屋さん。ことろで、今日は何の用事で来られたのですか? また美術館めぐりですか?」
 俺の質問に蔦屋さんは笑いながら
「いやいや、実は坂崎さんにお祝いの品を買いに来たのですよ。それについてお二人にも相談に乗って戴きたくてねえ」
 坂崎さんは最下級でも幕府の役人だ。身分も武士である。身分制度があったと言われるが実は武士と庄屋とかの豪農とそれ以外と言う感じだった。苗字帯刀を許された豪農は殆ど武士と同じ扱いだったし、商人でも表通りに居を構え、税や水道代を払っていた人々はちゃんと江戸市民として幕府に認知されていた。
 金持ちの身分が高いのは人の世の常でもある。だから、坂崎さんの婚礼は家と家との決まりごとでもあるので、幾ら親しくても我々が披露宴に列席という訳には行かない。
 我々だけのお祝いを開こうにも坂崎さんは良いが奥様が問題となる。当時の言葉ならご新造さんだが……。
「形が残るものは駄目だし、使って役に達ものが良いと考えているのですがなあ」
 蔦屋さんの言葉にさきが
「シャボンは如何ですか? それも高級な奴です」
 そう言えば、さきは江戸の坂崎さんの所に行く時に石鹸を持って行っていた。こちらではごくありふれた石鹸だったが、それの高級版と言う訳だと思った。
「それはよござんすねえ」
 さきは江戸言葉で笑った。

 それから一時間後、俺とさきと蔦屋さんは東京駅のデパートに来ていた。高級石鹸の売り場である。
「さてさて、値段も品数も様々で、迷いますな」
 外国産から見慣れた国産。更には見た事もないメーカの品々までもが揃っていた。結局、色々な品が入ったセットを買う事に決めた。蔦屋さんには組織から給料が支払われており、現代に来ても買い物に困るようなことはない。価値としては一分が二万円相当と言ってあるので、蔦屋さんの頭の中ではそのように変換されているはずだ。それをこうやって実際に買い物をして修正しているのだ。
「買ったものは一度和紙で包み直します。ご新造が見ても良いようにしませんとな」
 セットにははちみつ入りの石鹸や、オーガニック素材を使ったものが入っていた。実は蔦屋さんの考えていた予算を越えていたので、我々夫婦が半分出して、共同で送る事になった。それほどの高級なものを選択したのだった。
 この時の蔦屋さんの格好は実は江戸の時と余り変わりが無い。と言うより、灰赤と呼ばれる僅かに赤みの掛かった灰色の無地の着物に濃色(こきいろ)と呼ばれる濃い紫の羽織に縞柄の角帯をしている。足元は真綿で出来た草履に白足袋だ。現代は色足袋が汚れないので良いと言うのが蔦屋さんの感想だ。
 では、何が違っているのかと言うと頭である。蔦屋さんの頭には椰子の枝の素材で作った白地に藍色のリボンの素材がついた帽子が乗っている。本当によく似合っていて、現代でもそのまま通じるのだ。
 正直、今の感覚でもかなりお洒落に感じる。大人の男のお洒落と言う感じなのだ。この格好は蔦屋さんがセンターで暮らしている間に試行錯誤して現代に行く時の格好として決めたそうだ。勿論、季節によって着物も羽織も帽子も帯も変わるには言う間でもない。
 デパートに来たついでに蔦屋さんにはコーヒーを飲んで行きたいと言うので馴染みの喫茶店に連れて行った。そこまでの道すがら、大勢の人が蔦屋さんを見て振り返る。蔦屋さんは当時の日本人としては大柄な方だが、今では普通かやや低い方だが、実際にはそのように感じなく、堂々としているせいか、実際より大きく見える。だからそのお洒落な格好が人目を惹くのだった。
「お栄さんがこちらに来られる時に一緒に見て回りますか?」
 さきが、そんな事を蔦屋さんに尋ねると
「そうですね。同じ江戸の人間として話が合うでしょうし、また鉄蔵さんこと北斎さんの事も伺いたいものですな」
 実は組織として蔦屋さんには江戸期の優れた絵師を見つけて貰っている。現代では埋もれてしまってるが、実は評価の高かった絵師と繋をつけて貰っているのだ。だから江戸に行く為に髪は髷でなくてはならぬのだ。

 高層のビルからの眺めを堪能しながらコーヒーを飲んでいた。
「正直、センターでもコーヒーは飲めますが、やはりこちらに来て飲む味は格別ですな。何でしょう空気が違うとも言うか……」
 その感じは俺も理解出来る。センターは広大で、閉塞感は無いが、古代の地球の何処かに建てられているせいか、何か現代とは違うのだ。
「でも住めば都と言いますからな。ベッドの暮らしは便利なものです」
 蔦屋さんは、そう言って笑った。
 結局、木曜日に我々二人が江戸に迎えに行き、お栄さんを連れてセンターに出向き、格好を変えて蔦屋さんと現代に一緒に来る手はずとなった。
 でも、俺はこの時、まさか、あの人まで来る事になろうとは思ってもいなかったのだった。

浮世絵美人よ永遠に 第四話 東海道五十三次

_SX355_  上野の山の一番奥とも言うべき場所に国立博物館は立っている。向かって右が本館。そして左が企画展などをやる平成館だ。今日は右の本館に入って行く。
 本館は一階は彫刻が多い。それも仏像がかなりの割合を占める。お栄さんは、それらも熱心に見ていたが、階段を登り二階の「東海道五十三次」の浮世絵が一同に揃った所に来ると顔つきが変わった。
 浮世絵が置いてある場所は薄暗く、ガラスのショーケースの中だけが灯りが点いている。「東海道五十三次」は江戸から順番に飾られていて、お栄さんはそれらを一枚一枚丁寧に見ていた。俺はさきに小声で
「なあ、後で調べて判ったのだが、俺が最初に江戸に行ったのは確か嘉永六年だったと記憶してるが、広重の保永堂版「東海道五十三次」は天保三年から出ていたじゃないか。この前お栄さんも途中までは見ていたと言っていたし、何故あの時代にわざわざタイムスリップしたんだ? 買い付けは保永堂版の蒲原だけじゃ無かったのじゃないか?」
 俺がこの仕事に慣れてから常に疑問に思っていた事だった。広重は自分だけも都合三回ほど「東海道五十三次」を書いている。その中で一番有名なのが今ここに展示されている「保永堂版東海道五十三次」なのだ。
 俺の疑問にさきは嬉しそうな表情をして
「結婚してから三年経ちました。いつ、それを尋ねてくれるのか待っていたのですよ」
 そう口を開いた。そして
「嘉永六年は、村市版の「東海道五十三次」が出た年です。それが欲しくて、その翌年に買い付けに行ったのですよ。勿論本命は保永堂版の蒲原ですから両方が買える年と言う訳なんです」
「おい、市村版って確か『人物東海道』と呼ばれている奴じゃないか。それも買い付けたのか」
「はい、そうです。あの時あなたに詳しい事を言っても判らないと思い、その事は言わなかったのですよ」
「では『蒲原』の他にも何か買ったのか」
「そうです。でもやはり『蒲原』ですけどね。「人物東海道」の蒲原ですよ。所謂『蒲原』のコレクターだったのです」
 そうか、そんな訳だったのかと納得した。ちなみに、広重は他の絵師とも共同で東海道五十三次は何作か書いている。主なものを上げると、佐野喜版「東海道五十三次」ー「狂歌入東海道」、江崎屋版「東海道五十三次」ー行書東海道、伊場仙版「東海道五十三対」 、丸清版「東海道五十三次」ー「隷書東海道」、藤慶版「東海道五十三図会」ー「美人東海道」、有田屋版「東海道五十三次」、丸久版「双筆五十三次」ー「双筆東海道」、蔦屋版「東海道五拾三次名所図絵」ー竪絵東海道」などがある。このうち蔦屋版には蔦屋重三郎さんが絡んでいるのだが、それはまた……。

 見終わったお栄さんと俺とさきは同じ階にあるラウンジの椅子に腰掛けた。さきが自販機でお茶を買ってそれぞれに配る。この本館には喫茶室は無いからだ。喫茶室のある館まで行ってもよいが、お栄さんも少し疲れが見えたからだ。無理もない慣れない環境に居れば疲れは倍増する。
「ありがとうございます! これの飲み方は教わりました。蓋をしておけば持ち運びも出来るので便利だと思いました」
 お栄さんはペットボトルのお茶を一口飲むと
「実は鉄蔵も『東海道五十三次』は書いてるのですが、全く話題にもなりませんでした。時期が悪かったと版元も言っていましたが、正直、あたしの目から見ても広重さんの作より劣っていたとは思いませんが時期が良くなかったのでしょうね。だから鉄蔵は『富嶽三十六景』を書いたのだと思います」
 お栄さんは遠くを見つめる目をしていた。もしかしたらその見つめる先は江戸の父親だったのかも知れない。
「後の研究者によると、この『保永堂版東海道五十三次』はお父さんの『富嶽三十六景』の影響を大分受けたと言う事なのですが、その辺はどうご覧になられました?」
 俺は素直な気持ちで尋ねてみた。するとお栄さんは
「確かに鉄蔵の影響はあると思いました。構図とか色々な所にそれは伺えます。でも絵師は影響し合う間柄ですから。あたしも色々な絵師の影響を受けて自分の画風を確立させて行きますから、それで良いのでは無いでしょうか」
 広重の絵には他の絵師の構図を参考にしたと思われる絵も多く存在する。まあ、それに一々反応する訳にも行かない。
 博物館の表では、春の風に乗って桜の花びらが舞っている。今日はもうこれでおしまいの予定だ。お栄さんがこちらに泊まれば、未だ時間はあるが本人の希望で一度江戸に帰りたいのだそうだ。八重洲の事務所兼ギャラリーに車を向ける。お栄さんは相変わらず窓から外を眺めて
「本当に変わってしまったのね」
 そう呟いたのが印象的だった。
 帰ると、すぐに着物に着替えた。髪はどうするかと思ったら
「この髪型もちょっといい感じなので、このまま帰ります」
 そう言う本人の希望なので、それを尊重した。江戸の人は着物にポニーテールを見てどう思うだろうか?
 同行するのは誰かと思ったら、さきが一緒に行くと言う。
「あなただったら一旦センターに出向いて、カツラやら着物やらに変えませんとなりません。わたしなら、着物に着替えるだけでも行けますからね」
 確かに、髷にならないと駄目な俺に対して、さきならば着物に着替えるだけで何とかなる。それにさきは普段、ここに自宅から着物一式を持って来て置いてあるのだ。
 さきは髪の毛を纏めると、柘植の櫛で後ろに留めて江戸時代でも可笑しくない髪型にした。それを見たお栄さんは
「あら、素敵。今度自分もやろうかしら」
 そんな事を言って周りを笑わせた。
 技術者の用意が出来たとの知らせに頷いて、転送室に行く二人に
「お栄さん。この次はもっと色々な場所に行きましょう。西洋画を見て回るのも良いですしね。何なら先程言っていたお父さんの『東海道五十三次』も『すみだ北斎美術館』で見る事が出来ますよ」
 俺がそう言うとお栄さんは
「鉄蔵の作品より西洋画が見たいですね。だから必ずまた来ます」
 そう言って転送室に消えて行った。

 今日、一つだけお栄さんには言わなかった事がある。それは彼女の書いた「吉原格子先之図」の事を一切言わなかった事だ。それはタイムスリップをする者として、言ってはいけない事なのだ。今の彼女には恐らくあの絵は書けない。西洋画を見ていない彼女には書けない作品でもあるのだ。我々タイムスリップを行う者は、過去の者にむやみに未来の己の事を教えてはならないのだ。例えば江戸南町奉行所の同心、坂崎さんは、大凡の歴史は知っていても、自分の行く末は知らない。ちなみに何時寿命が尽きるかも、知らされてはいないのだ。それは俺も同じで、漠然と今の世が続いて行くと言うことは知っていても、来年や再来年に何があるかは知らないのだ。それは、さきも同じで、知っているのは、そのうち俺たち夫婦に子供が出来る事だけなのだ。
 未来においては多少の変化はあるみたいだ。確定している部分もあるが、未確定の部分もあると言う事だった。
 この場合、お栄さんが先に「吉原格子先之図」を見てしまうことによりパラドックスに落ちてしまうからだ。だから一切触れなかったのだった。

 さきはこちらの時間では小一時間で帰って来た。帰って来ると五月雨さんに
「向こうでの処理は上手く行きました。次の予定も決めてきました」
 そう報告をしていた。
「そうか、ご苦労さま。それで次は何時なんだ?」
「来週の木曜です。わたしと夫の二人で迎えに行きます」
「坂崎は都合悪いのか?」
 五月雨さんがそう尋ねると
「坂崎さん。実は今度結婚するんです」
 それには五月雨さんや、その場に居た女子社員や俺も驚いた。
「この前、お栄さんを送って来て、すぐに帰ってしまったのは、それがあったからなんです。何でも先輩同心の娘さんで、とても可愛い人でした」
 さきの報告を聞いた五月雨さんは
「そうか、目出度いな。何か皆でお祝いをしたいものだな。それで、その娘さんは幾つなんだ?」
「十八だと言っていましたね」
 坂崎さんは確か三十か三十一だったはずだ。で本来は嘉永の人だから……と考えて頭が痛くなったので止めた。要するに一回り歳下と言う事だと理解した。
「だから、この前も、そそくさと帰ったのですよ」
 それを聞いて納得したのだった。来週には江戸に行くと思うと心が逸る俺だった。

浮世絵美人よ永遠に 第三話 上野で想うこと

 images 国際ビルのエレベータで、地下の駐車場まで降りて行く僅かな時間に、お栄さんは
「この乗り物も最初にセンターで乗った時は驚きましたが、仕組みを教えて貰って、芝居の舞台の迫り(せり)と同じだと思いました。迫りでは人が動かしていましたが、今の世では何か別なもっと大きな力を出せるものが動かしているのだと思いました。そして、自分の居た江戸とここは繋がっているのだと感じたんです」
 人、それぞれ想うことがあり感じ方も違う。俺は江戸に行っても最初は自分の居た世界の過去だとは思えなかった。それをひっくり返したのが、人の気持だった。自分と同じ様な価値観を持ち、それが日本人特有のものであると思った時に、素直に思う事が出来た。
 駐車場に着いて車に乗る時に次に行きたい所を尋ねた。
「お栄さんもう時分ですから、何処かで食事をしましょう。何か食べたいものはありますか?」
 さきが尋ねるとお栄さんは少し考えて
「センターでレクチャーを受けている時に色々なものを食べました。でも正直余り口に合うものはありませんでした。今の世にも蕎麦とかありますか? あるなら細くて腰のある蕎麦が食べたいです」
「江戸前ですね?」
「えどまえ? なんですかそれ」
 そうだった。江戸から来たお栄さんには江戸前と言っても通じない。なんせ当時は全てが江戸前だったのだから。
 車のエンジンを掛けながら、何処の蕎麦屋が良いか考える。神田藪、松乃家、砂場、更科……幾つも蕎麦の名店が頭に浮かぶが、どれも決め手に欠ける。食事をしてから行く先を聞いて場所を決めようと思った。
「午後は何処か行きたい場所はありますか?」
 俺の質問にお栄さんは嬉しそうな表情をして
「出来れば、私の時では未だ完成していない、歌川広重さんの『東海道五十三次』が見たいです」
 お栄さんが居た時代は確か天保四年頃だったと思うが、広重の「東海道五十三次」はこの年から刊行され始めたのだった。
「揃った所が見たいのですね」
「そうなんです。それで江戸に帰ったら、鉄蔵に自慢したくて」
 その時初めて彼女の笑った顔を見た。
 結局、浅草に行く事にした。俺の知ってる限りで、今この時に「東海道五十三次」を揃って見られる所は上野の国立博物館だったからだ。上野には藪もあるが、それなら少し足を伸ばして浅草の並木藪に行っても良いと思った。浅草の並木藪は神田藪、池之端藪と並んで東京三大藪蕎麦とも言われているからだ。
 車を中央通りに出して北に向かう。すぐに高速が見えて来た。その下には日本橋がある。
「お栄さん。これから渡るのが現在の日本橋です」
 そう言ってみたが、正直江戸から来た人には自慢出来ない。高速の下で一日中陰になっているのはどう考えてもおかしいと思うからだ。
「そう……今は人より車の方が多いのですね。日本橋は鉄蔵と一緒に芝神明の黄表紙屋まで行く時に渡った事があります。今は石の橋ですか……なんだか息苦しそうです」
「息苦しさを感じますか?」
 さきが不思議そうに尋ねると。
「何となくですが、そんな感じがします。でも、『美人鑑賞図』素晴らしかった。今のあたしには、あそこまで描くことは出来ない……でも何時かはきっと、あれを乗り越える絵を書きたい。だからこちらに居る間に色々なものを見たいのです」
 流れる車窓を見ながら、そう俺達に教えてくれた。

 浅草について、車を駐車所に駐めたのだが、並木藪は表まで並んでいた。
「この人達はどうして並んでいるのですか?」
「蕎麦を食べる為です」
「は、蕎麦を食べるだけで並んでいるのですか! 呆れた」
 確かにお栄さんから見ればそうなのであろう。すぐに食べられる代表の蕎麦に並んでまで食べると言う行為が理解出来ないのだろう。
 でも、どうしようか考えた。すると、さきが
「尾張屋さんへ行きましょう。本店なら雷門の先ですから、それほど人も多くありませんしね」
 尾張屋と言うのは古くから浅草にある店で、贔屓も多い。有名なのが天麩羅蕎麦と天丼で、上に乗っている海老の天麩羅が大きいのが特徴だ。だからといって蕎麦が不味い訳ではない。細くて腰があって藪系統とも違う更科系の蕎麦を出す店だ。尤も、さきが常連で、俺はさきと付き合う事になってから来たのが初めてだが。
 並木から雷門前のスクランブル交差点を渡る。さきがお栄さんの手をしっかりと握っていて案内役をしてくれている。
「雷門ですね。あたしの居た頃と少し違っていますね」
「これは昭和になってから再建されたものですよ」
 さきの説明に
「再建? と言うことは」
「慶応元年に消失してしまったのです」
「火事ですか……慶応って?」
「お栄さんが来た時より三十年後ですね」
「そうですか……」
 お栄さんは歩きながら何時迄も雷門を見ていた。
「それにしても人が多いですね。異国の人ばかり」
「最近特に多いんです。この辺りは日本人より多いですよ」
 さきは歩きながらお栄さんの疑問に答えて行く。程なくして尾張屋本店に到着した。店自体はそう大きくは無い。引き戸を開けて中に入る。「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」と案内してくれる。俺達三人は店の真ん中にある四人がけのテーブルに座った。女子従業員がお茶を運んでくれる。
「何にします? 蕎麦は温かい方が良いですか、それとも冷たい方位が良いですか?」
 さきの質問にお栄さんは
「冬なら間違いなく温かい方ですが、今日は陽気も良いので冷たい方が良いですね」
「じゃあ、『天ざる』にしましょう」
「天麩羅が付くのですか?」
「ええ、この店の名物でもあるんですよ。大きな海老の天麩羅が付きます」
「はぁ~そうですか。お任せします」
「『天ざる三つ」
 さきが慣れた様子で注文した。
「次は上野に向かいます。上野にある国立博物館なら何時でも『東海道五十三次』を 揃って見る事が出来ます」
 俺が今後の予定を言うと
「上野ですか、寛永寺さんの桜が見事でした。今の時期は桜が咲いていますかね」
 お栄さんが居る事の上野の山はその殆んどが寛永寺の境内だった。あの広大な敷地全てに末寺も含めて寛永寺の色々な建物があったのだ。
「今は寛永寺も大分縮小されました。今も寛永寺はありますが、規模としては問題になりません。その敷地だった所に博物館や動物園が出来ました」
「動物園?」
「色々な動物を一箇所に集めて見せている所です」
「それは一度行ってみたい。行って色々な動物を写生したいですね」
 また一箇所行く所が出来た次第だ。その時、注文したものが運ばれて来た。
「お待ちどう様」
 置かれた長方形のお皿には皿いっぱいの海老の、切り込みを入れられた天麩羅が乗っている
「確かに大きいですね。でも一口大に切ってある。親切ですね。それにしても、あたしの頃から随分経っているのに、蕎麦の食べ方が同じなんて何か不思議」
 俺は江戸の蕎麦屋に入ったことは無いが、蕎麦猪口やザルなどが当時と同じようなものだったのだろう。何の抵抗もなくお栄さんは蕎麦を慣れた手つきで手繰り出した。
「あ、あたしこれ好き!更科みたいで食べ易くて腰があって。汁も辛すぎないで美味しい……」
 横ではさきが自分の連れて来た店が好かれたのが嬉しいのか、しきりに頷いていた。

 蕎麦を食べ終わると浅草寺に参拝をした。スルーする手もあったのだがお栄さんがお参りを希望したのだ。それに俺たちとしても、観音様を前にして横切るだけとは行かない。
「境内の感じも変わっているけど、善男善女の感じは変わりませんねえ。願うことはいつの時代も同じなんでしょうね。何時か、この感じも絵にしてみたいですね」
 そんなお栄さんの言葉が心に残った。
 再び車に乗り込み上野に赴く。山下の駐車場に車を駐める。そのまま脇のエレベータで登っても良かったのだが、お栄さんに位置関係を判って貰う為に三橋の方に向かい、正面から登る事にする。
 上野は風に乗って桜の花びらが舞っていた。そんな風に吹かれながらお栄さんは
「このあたりは見覚えがあります。確か小さな橋が連なっていたのです。そこから三橋と呼ばれていました」
 そうなのだ三橋は決して甘味処の名前では無いのだ。
「上野には良く花見に来ました。飛鳥山や向島と違って上野は静かに花を見られたので、俳句を作る人やあたしと鉄蔵のように絵を描く人などが大勢いましたね。何かすると山役人に怒られるので皆静かなものでした。随分描いたものでした」
 上がって行くと、道の両側一杯に花が咲いていていた。但し今は上野でも酒を飲みながら花を見る事が許されている。それを見たお栄さんは
「ま、仕方が無いのでしょうね」
 そう言って笑っていた。

浮世絵美人よ永遠に 第二話 出光美術館へ

 2722603257_e5a6e3b7b7_o それでは行こうかとなった所で、俺はお栄さんをこのままの姿で連れ出すのは少々不味いのではと思った。
「お栄さんなんだが、このままの姿では不味いのでは無いでしょうか?」
 俺の言葉にさきは事もなげに
「そうでありんあすか? 別段変わった所もなく、このままでもよござんす」
 そんな事を言った。いつの間にか言葉が江戸で使う言葉に変わっている。俺が不味いと思ったのは、このままでは目立ってしまうと思ったからだ。
 頭は幕末に江戸で流行った「割り鹿の子」と言う今では見ない髪の形だし、それに着物を着慣れた女性でも今の人は二十代でこの色の着物は着ない。昔は、若い頃に地味な色や細かい柄の着物を着る事によって若さを引き出させると言う考えの元に若者が地味な着物を着ていたが、それはそれで、若さが際立ったものだった。
 だが今は違う。考え方が今と昔では違って来ているのだ。果たして目立って良いものか俺はその点を危惧したのだ。
「ではどうします?」
 さきが俺に尋ねた所で五月雨さんが
「一応、今の社会人むけの洋服も用意はしてある。ブラウスにスーツだがな」
 そう言って洋装を提案してくれた。
「髪型はどうします?」
「そのままストレートに流しておけば良いかと。あるいはポニーテールにしてもよござんす」
 さきがポニーテールと言ったので、それなら江戸の女性の長い髪も大丈夫なのではと思った。
「わたしが着替えを手伝いますよ。髪型もやります。お栄さんこちらへ」
 さきはお栄さんに声を掛けると一緒に部屋を出て行った。女子社員が二人を案内した。恐らくスーツを用意してある部屋に案内するのだろう。
 残された男三人はぼおっと眺めていたが坂崎さんが
「これから先は俺は必要無いから、江戸に帰らせて貰うかな。今日は非番なんだが、諸々の用事も多くてな」
 そう言って立ち上がって、地下の転送室に向かった。ドアを開きながら
「光彩、江戸で逢えるのを楽しみにしておるぞ、さきにもよろしくな」
 そう言ったのが印象的だった。

 それから小一時間ほどだっただろうか、さきの
「お待たせました」
 と言う声がして、お栄さんとさきが部屋に入って来た。白のブラウウスに若緑とも言う鮮やかな緑色のスーツを身に纏っていた。長い髪は後ろで纏めてある。スーツを同じ色のリボンが付いたヘヤゴムをしていた。足元を見ると黒のパンプスだった。これならお栄さんも歩き易いと思った。俺は正直、余りの綺麗さに見とれてしまったほどだった。さきの視線が痛かったが……。
 よく見るとスーツとヘヤゴムのリボンが違うだけで、さきと同じ格好だった。我が妻も美しいと思った。それにしても江戸からやって来た人とは思えないほど、お栄さんは違和感を感じさせなかった。
「お栄さん。現代の格好は如何ですか?」
 五月雨さんの質問に
「正直言って洋装は窮屈な感じがします。特にこの靴が締められている感じがして、慣れるのに時間がかかりそうですね」
 そんな感想を言っていると、さきが俺の耳元にやって来て、
「実は下着も初めてだったので苦労したんですよ」
 そんな事を言った。お栄さんは今から百五十年ほど前の日本人だ。それだけ違うだけで、我々日本人は全く違ってしまったと思うのだった。
「『美人鑑賞図』はこの先の出光美術館に保管されています。入場料を払えば誰でも見る事が出来ます」
 俺は、そう説明をした。すると
「すぐ傍なんですね。ならば今すぐ見に行きたい」
「じゃあ行きましょう」
 俺とさきはお栄さんを伴って地下の駐車場に降りた。そこにあった車を見ると
「レクチャーとやらでこの時代の事を色々と学んだけど、乗用車と言うものを見たのは初めてです」
 そう言って大層驚いていた。俺は
「実は、時期が良かったです。出光美美術館には常設展示はありません。その時、その時で展示しているものが違うのです。幸い今は勝川春章の特集をやっています。運も良かったですね」
 そう言って時期の良さを言うと、お栄さんは
「そうだったのですね。何か縁(えにし)を感じます」
「さ、お乗り下さい。この辺りは東京でも特に人が多い場所です。何かあったら大変ですからね」
 さきがそう言って後ろのドアを開けると、お栄さんは思ったより簡単に自分の身をシートに滑らせた。
「籠に乗る事を考えれば簡単です。歩く方が今は辛いです」
 確かに、お栄さんにとっては、そうなのだろう。
 車は呉服橋の交差点から永代通りに出て、鉄道のガードを潜って行く。お栄さんとさきが後ろの席に座っている。俺は運転しているので後ろの席の様子は良く判らないが、それでも彼女が前に額をくっつけて外の様子を眺めているのは確認出来た。
 大手町の交差点を左折して真っ直ぐ行き、途中で右折して日比谷通りに出る、すると左手に出光美術館が入っている国際ビルディングが見えて来る。俺は地下の駐車場に車を入れた。
 そのまま専用のエレベータで九階まで登るとそこが出光美術館だ。入場料を払って館内に入る。目的の「美人鑑賞図」は中央の一番広い展示室に飾ってあった。場内は薄暗いが絵の所だけが程よい明るさになっている。
「これが……それなのね。この子供がおっ母さんなのね。そしてこの人がお祖母さん……来て良かった。向こうであのまま生きていたら見る事なんて出来やしなかった」
 そのまま凡そ一時間ほど、お栄さんは「美人鑑賞図」を見つめていた。
「父鉄蔵が言うには、自分も色を塗って手伝ったと言っていました。今の絵からは想像もつかない筆使いです。本当に来て良かった」
 きっとそれは心からの言葉だと俺とさきは感じたのだった。
「何度見ても素晴らしいですね。あの時、あなたがこの絵に関わっていたなんて、今から思えば想像も出来ない事でした」
 さきの言葉では無いが、あの時は夢中だった。実はあの時のもう一枚の方も組織が保管しているのは極秘になっている。表に出したら歴史が変わってしまう可能性もあるからだ。
 帰りにミュージアムショップに寄った。そこで本当なら「美人鑑賞図」の複製画を書いたかったのだが、それを江戸に持って行くと他の人間に見られた場合、色々と具合の悪い事も起きるので、小さいが絵葉書を買う事にした。お栄さんは、「美人鑑賞図」の他にも気に入った作品の絵葉書も選択したので一緒に買った。
「今の世は本当によく出来た複製があるのですね。これなら絵師は必要なくなりますね」
 そんな事を言いながら何時迄も絵葉書を眺めていたのだった。
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