彼女の秘密  第9話 秋刀魚の苦さ

 お昼に、にゅう麺を食べた後で幸子はゆきに
「ゆきちゃん一緒に買物に行く?」
 そう問いかけた。ゆきも今の世ではGUに服を買いに出ただけだから、今の世界の街並みも見てみたかったので
「はい! 喜んで!」
 そう答える。陽子にも
「お母さんも行く?」
 そう尋ねると陽子は
「今夜は何にするの」
「そうねえ、やっと秋刀魚が安くなったので秋刀魚にしようかしら」
 幸子の答えに陽子は
「ならワイドショー見ながら楽しみに待ってる」
 そんな事を言ってテレビの前のソファーに横になった。それを見て幸子は
「じゃあお留守番していてね」
 そう言ってゆきに着替えさせて連れ出した。格好は先日GUで買った服である。
「何だか膝から下がスースーして落ち着きません」
 ゆきはそんな事を言って膝に手を宛てている。幸子は
「今日は下着着けてるから平気」
 ゆきはその意味が良く判っていなかった。
「平気ってなんですか?」
「下着を身に着けているからスカートが捲れても見えないということよ」
「ま!」
 それを耳にしてゆきは耳まで真っ赤になるのだった。今日は歩いて近所のスーパーまで行く。ゆきは道の両側に並ぶ家々を興味深く見ていた。
「一軒の家々に塀があって独立しているのですね。それに小さいけど庭もあります」
「庶民の家ね。この辺りも今じゃ都会になってしまったからね。ビルなんかも結構立ってるしね」
「ビルというのは石で出来た高い建物ですか?」
「そうよ良く判ったわね」
「なんとなくです」
 そんな事を言いながら歩いて十分ほどのスーパーに到着した。
「ここはスーパーと言って、野菜から肉から食材なら大抵のものが買える場所よ。食材の他には少しだけど日用品が置いてあるわ」
 ゆきは幸子の言った内容の半分以上を理解した。
「さ、入るわよ」
 店内に入る時に自動ドアが開いたのに驚くゆき
「ひとりでに開くのですね」
「ここに『自動ドア』って書いてあるでしょう。お店によっては『押してください』って書いてある所もあるから、その場合は押してあげると開く仕組みになってるのよ」
 ゆきは覚える事が沢山あると感じた。何れ何なく感じては行くのだろうとは思った。
 スーパーは入った所が大抵野菜売り場となっている。
「ゆきちゃん籠を持ってね。重ければカートに乗せて」
 幸子はそう言って他の客を指した。
「ああ、なるほど」
 ゆきも真似をしてカートに籠を乗せる
「秋刀魚には大根ですね。私、おろすの得意なんです」
「そう。じゃ後でおろして貰おうかな」
 幸子はそう言いながら大きく、ひときわ太い大根を手に取った。するとゆきが
「それは多分、鬆(す)が入っています。未だ冬の前ですから余り太いのは止めた方が無難です」
 幸子はゆきの助言に
「そうかぁ。なるほどねぇ~」
 そう言って感心をしている。やはりゆきは台所番だったのだ。
「あとは何にしましょうか」
 ゆきが興味深く野菜を見ていると幸子が
「胡瓜を買って竹輪の中に入れましょう。それと蓮根のキンピラね。人参はあるから蓮根を買いましょう。味噌汁は茄子がいいかな」
「茄子の味噌汁好きです。深山家は茄子の皮は剥かないで作っていました」
「あら今でもそうよ。それと、明日の朝のサラダの材料でトマトとレタスも買いましょう」
 そう言ってゆきの押しているカートの籠に入れて行く。
 次に来たのは魚売り場だ。ゆきは普通の魚屋のように魚が並んでいるのかと思っていたが、並んではいるが、全て発泡スチロールの皿に載せられてラップで包まれていた。
「はあ、何だかお魚さん苦しそうです」
「え、だって死んでるわよ」
「でも何か苦しそうです」
 ゆきがそんな事を言ってると幸子が
「秋刀魚はあそこよ」
 指を指した先には、大きな発泡スチロールの箱に氷を沢山入れられてその中に秋刀魚があった。値札が付いていて「一匹百八十円」と書かれていた。今年は例年より高目だ。
 ゆきが横のビニール袋に人数分だけ入れて行く
「六匹で良かったですか?」
「一匹多く買っておこうか。何があるか判らないしね。余れば明日甘露煮にするから」
 次には肉売り場に向かう。ゆきは正直この時が一番期待をした。ゆきの時代では未だ肉屋は無かったからだ。
「ここが肉売り場よ。どう感想は」
「はい色んな肉が置いてあるのですね。こっちが羊、こっちが牛で向こうが豚ですか。その先が鶏肉なんですね」
 色々な肉を見て回っているゆきに幸子は
「何か欲しいものはある?」
 そう尋ねるとゆきは
「蓮根のキンピラにひき肉を入れたら美味しくなるかと思いまして」
 この時ゆきの頭の中にあったのは、鶏のひき肉だったが幸子は
「じゃ合挽き買っていこうかしら」
「合挽きって何ですか?」
 ゆきは合挽きが判らない。
「ああ、牛と豚の挽肉を混ぜたものよ。両方の旨味が出るから美味しいのよ。ハンバーグなんかにも使うしね。ハンバーグというのはひき肉のステーキね。正式にはハンブルグ式ステーキと言ってドイツのハンブルグで発明された料理法なのよ」
 幸子の解説を聴きながらゆきは、今の世で肉料理を覚えて明治に帰れば宗十郎にも喜んで貰えると考えた。
「そのうち、そのハンバーグの作り方を教えて下さい」
 そう幸子に頼み込む
「お安いものよ。じゃ明日はハンバーグにしましょう。決まりね」
 幸子はそう言うと大きめの合挽きのパックを手に取った。
「もう一つかな」
 二つを籠に入れた
「ま明日買っても良いけどね。ついでだからね」
 幸子は他の材料は明日買うらしい。それは明日もゆきを連れて来たかったからだ。体験は多い方が良い。会計をしての帰り道。買った材料をバッグに入れて、それをゆきが持って歩く
「ごめんね。重たいでしょ」
「平気です。寧ろ軽いぐらいです。向こうではもっと重たいものを持って歩いていました」
 確かにゆきは軽々と持っている。それを見て幸子は、今の子とは体幹が違うのだと思った。ゆきは多分、明治期の娘としては大柄な方だろう。普通の子は恐らく百五十センチ前後だったのではと思った。それは自分が昭和の初期に遊びに行った時でも当時の子は背は余り大きく無かったからだ。
「ゆきちゃんは女の奉公人では大きい方だったの?」
 幸子が尋ねると
「そうですね。私より大柄は、まきという方でした。
「まきという人?」
「はい。私よりこのぐらい大きかったです」
 そう言って片手を十五センチほど自分の頭の上に伸ばした。
「全体に大きかったです。それで子供の頃から大女と言われていたそうです。だから早くから深山家に奉公したそうです。歳は私より十上でした」
 幸子は昔だからそのように色眼鏡で見られる事もあったのだろうと考えた。
「ねえ、宗十郎という人はどんな人なの?」
 幸子が尋ねるとゆきは嬉しそうに顔を崩して
「宗十郎様は優秀でして、今は慶応義塾に通っておられます。村では初めてのことです。それに文武に長けており、千葉周作道場にも通っておられます」
 幸子は当時の深山の家が相当なものだと思った。当時のこの地は江戸の在であり郊外だった。田畑が広がるだけの場所だったのだ。無論栽培されていたものは江戸市中に送られていた。
「ねえ、間違ったら御免なさい。もしかして、ゆきちゃんはその宗十郎という人に好意を持っていたの?」
 幸子はこの前から何となく感じていた事だった。確か高志も気が付いて自分に言っていた。幸子の言葉にゆきは更に顔を真赤にさせて
「あの、私は奉公人ですし、身分が違いますし、貧乏御家人の娘ですし……」
 最後は消え入りそうな声だった。
「そうなんだ。でも向こうが好きだったら、どうするの断る訳?」
「そんな事あり得ません。宗十郎様にはきっと何処かの大地主の娘さんが嫁いでいらっしゃいます。同じぐらいの家の格の所からです」
 当時の結婚事情は当人の感情よりも家の付き合いが重要視された事は幸子も聞かされていた。
「まあ、もしもの事で求婚されたら?」
 更にゆきに問い詰めると
「正直言いますと、私、宗十郎様から求められたら、陰の身でも嬉しいと思います」
 そう言って女心を覗かせた。
「そんなに好きなんだ」
 幸子が感心すると
「はい。ですから私が作った食事の数々を宗十郎様が食べて下さるのが、心の底から嬉しいのです」
 そう言って下を向く
「じゃあ本当は一刻も早く帰りたいのね」
「帰りたいのは山々ですが、自分で勝手に決められる事でもありませんし」
「ま、帰るまでには色々と覚えて帰ってね」
「はい!」
 ゆきは嬉しそうに返事をする。その夜の秋刀魚の苦さは、ゆきの居た明治の頃と変わらなかった。

彼女の秘密  第8話 にゅう麺の秘密

 ゆきは思わず声を出してしまった。そして少し考えて自分は、宗十郎の息子の事は何も知らなかったと思った。
「申し訳ありません。つい声を出してしまいました」
 ゆきが謝ると陽子は
「あなた宗十郎という名前に反応したみたいね」
 そう言って少し口角を上げた。
「私は今年で七十八になるわ」
「お若いです!」
「そう、ありがとう。でも歳は歳なのよ。私の父は宗十郎さんの晩年に生まれたの。それまでは女の子ばかりで、諦めかけた時に男の子が生まれたのよね。無論三番目の奥さんだったけどね。昔は産後の肥立ちが悪くてね。今から考えると結核だったと思うけど、それで簡単に亡くなったのよね。最初の奥さんも二番目もそれで亡くなってるのよ。父の話だと、諦めて婿養子を入れようと思っていた時に、私の祖母が縁があって嫁いで来たそうなのよ。まあ、女手がこの家には必要だったしね」
 ゆきは自分の後の話を聴けて少し興奮していた。
「では宗十郎さんは長生きされたのですね」
「そうね。大正の末まで生きていたそうよ。九十を越えていたとか」
 ゆきは宗十郎が長きをしたと判り安堵するのだった。
「でもね、私のお祖母さんの事は良く判っていないのよね。名前が雪子というだけなのよ。写真も晩年のだけで、それも一枚だけなのよね。後は残っていないのよね。何で若い頃の写真を残しておかなかったのかが疑問なのよ」
 陽子はそんなことを言ってからゆきに
「そう言えばあなたの名前を聴いていなかったわ」
 そう問いかけた
「失礼しました篠山ゆきと申します」
「篠山さん。ゆきちゃんね。私のお祖母さんと同じ名前ね。尤もこちらは子がついて漢字の雪だけどね」 
 この時この場にいる三人は、将来のことなぞ判る由もなかった。
 ゆきは陽子に茶々を入れられながら幸子に教わった通りに掃除機で掃除を済ませた。
「ねえ幸子、ゆきちゃんにトレーナーか何か着せて擧げた方が良くない。着物じゃ汚れちゃうわよ。もし向こうに帰ることがあったら必要になるだろうし」
「そう言ったのだけど、ゆきちゃんがこの方が動き易いからって」
「そうなのです。私にとっては先日までこの格好で働いていましたから、この方が楽なんです」
 それを聞いて陽子も幸子も何も言わなくなった。
「そうそう、ゆきちゃんは変体仮名って読める?」
「あの、崩しのかな文字のことですか?」
 ゆきの時代では江戸時代に使われていた崩しの仮名を「変体仮名」とは呼んでいなかった。これは明治三十三年以降に付けられた名前だからだ。
「読めますけど。一応読み書きは習いましたので」
 ゆきの返事に陽子は
「確か、納戸に江戸の頃に書かれたこの家に関する文書があるのよね。それに確か納戸の秘密の扉の事も書かれているとお義父さんに教わったけど、何せ私らには全く読めないから。ゆきちゃんが読めるなら暇な時にゆっくり読んでみたらいいと思う。帰れる方法も判るかも知れないしね」
 そんなことを言ってゆきに望みを持たせた。
「そうですか、じゃあ時間がある時に探して読んでみます」
 掃除が終わるとお昼にすることにした。
「母さんも食べて行くでしょう?」
 幸子が陽子に言うと
「勿論よ。だってハワイから帰って来たのは私だけだから」
「え、お父さんは向こうなの?」
「そうよ。あの人はハワイが気に入ったみたいで、最後まで居るからって言うから、私だけ帰って来たのよ」
 幸子は母らしいと思った。大体が自分の思った通りの行動をする人だから、自分の亭主をハワイに置いたまま帰って来るのも何とも思わない。普通の夫婦ならそんな行動は取らない。それに父親も父親だと幸子は呆れた。置いて行かれても何とも思わないところが呆れるのだ。
「お父さんは向こうで平気なの?」
「大丈夫よ。雅史のお嫁さんの美智子さんがついてるから」
「じゃあ、母さんは一人で帰って来たんだ」
 雅史というのは陽子の夫の兄弟で一番末の弟だ。その細君は歳が離れており確か未だ四十代のはずだった。幸子にとっては義理の叔母にあたる。
「だから大丈夫」
 夫婦の関係だが、そもそも幸子が当人たちから訊いたところでは、幸子の父親が陽子に惚れ込み、頼み込んで結婚したそうな。本当なのかは判らないが、幸子が幼い頃から見て来た夫婦関係は完全に陽子が上だった。かかあ天下と言う訳だ。
「ところでお昼は何にするの?」
 陽子が幸子に尋ねる。幸子は陽子のことだから、自分の気に入らないものなら、いきなり帰ると言い出すと思っていた。
「夜も食べて行くのでしょう」
「当然よ。可愛い孫の顔も見たいしね」
 幸子から見て、陽子は自分の母親ながら孫。つまり翠や高志を猫可愛がりはしなかった。幼い頃から人格を認めて大人と同じように扱ったのだ。
「じゃあ、にゅう麺にしようか。夏に貰った素麺が残ってるから。子供たちは余り素麺食べなかったのよね。確か母さんも好きだったわよね」
「にゅう麺なら喜んで食べさせて貰いまようね」
 そう言って喜んでいる。
「では、私が作ります!」
 ゆきがそう言って張り切っている。彼女としてみれば、やっと自分の仕事が回って来たという想いなのだ。幸子が台所の棚から素麺の桐の箱を出した。
「凄いですね桐の箱に入っています。島原そうめんと書いてあります。これ九州の島原産なのですね」
 ゆきとしてみれば九州は見果てぬ遠い異国の地なのだろう。
 幸子は冷蔵庫から葱とカニかまと卵を取り出した
「これはカニじゃないですね。もしかして蒲鉾ですか」
 ゆきがしげしげとカニカマを見つめる。
「そう普通の蒲鉾より彩りが良いでしょう」
「そうですね。便利なものがあるんですね」
「出汁はどうします? 昨日の顆粒ですか?」
 ゆきとしてみれば、昨日の味噌汁もにゅうめんの出汁も同じ延長線上にあるので同じものを使うと思ったのだ。
「今日はね、これを使います」
 そう言って幸子が出したのは濃縮の汁の素だった。
「これは醤油ですか?」
 ゆきの疑問に
「醤油と味醂、それにお酒も少し入っているかな。それに鰹と昆布の出汁が入っているのよ。つけ汁なら三倍、暖かいお汁なら六倍に薄めて使うのよ」
 それを聞いてゆきは小皿に少しだけ取って舐めてみた
「確かに鰹と昆布の風味がします。それに香りもします」
 ゆきは大きめの鍋に水を張りガス台に掛けた。その片方では幸子が、やや小ぶりの鍋に水を入れて出汁の素を入れて火を点けた。鍋が沸くまで幸子とゆきは葱を刻み、卵を割って溶き卵を作った。
「さあ沸いたから入れてね」
 幸子の指示でゆきが鍋に素麺を入れる。さーっと広がりそうめんが鍋に溶けて行く。この辺りの手際は見事だ。
「茹で時間は二分から三分だけど、にゅう麺だから短めで二分でいいわね」
 幸子はそう言ってタイマーをセットする、ゆきにしてみれば初めて見るものだが使い方や用途はすぐに理解した。
「さ、二分経ったわ」
 幸子が時間を教えてくれたので、ゆきは鍋を持ってザルに素麺を空けた。急いで水道で洗って冷やす。にゅう麺でもこの作業が無いと麺が締まらない。
 隣の鍋も出汁が沸いて来ていて、そこに幸子が溶き卵を回しながら入れる
「かき卵ですね」
 ゆきがそう言って嬉しそうな顔をする
「溶き卵好き?」
「はい! 好きです」
「じゃあその素麺をこっちに入れてくれる?」
 幸子の指示で洗っ手束ねた素麺を少しずつ入れて行く。ひと煮立ちして火を止める。ゆきが用意した丼に幸子が麺と出し汁、それに卵を入れて行く。その上にカニカマを乗せて最後に刻んだ葱を乗せた。
「さ、出来たわ。熱いウチに食べましょう」
 長手盆に三人分の丼と箸を乗せて食卓に運んだ。食卓には漬物や箸休めが並んでいた。これは陽子が冷蔵庫から出したものだ。
「いただきま〜す」
 三人が揃って食べだした。
「うん。美味しいわ」
 陽子が満足げな表情をすると幸子が
「お母さんも溶き卵好きだものね」
 そういうと、ゆきが
「お二人も好きなのですね。私もなんです」
 そう言って嬉しそうにする。
「何でも、お義父さんが言ってたけど幼い頃に、お義母さんに年中作って貰っていたそうよ。お義母さんも喜んで作っていたそうよ。だから私が好きなのはお義母さん仕込みかな。幸子が好きなのは私の影響ね」
 陽子がそう言って懐かしそうにした。ゆきはそれを嬉しそうに聴いていた。

彼女の秘密  第7話 過去を知る者

「これで一通り揃ったかしら」
 幸子が買い物カゴの中をチェックする。
「下着でしょう。それからシャツにスカート、それにパンツも買ったし、インナーも入れたわよね。靴下もOK。じゃあ最後に履物ね。着物の時は今履いてる私の草履を履けば良いわ。だから普段履きね。サンダルで良いかな?」
 幸子が独り言のように言うと翠が
「サンダルでもゆきちゃんは踵が低い方が良いと思う」
 そう進言するとゆきが
「私は向こうでは普段はわらじで、良くて草履。たまに下駄を履いていました。だから踵だけ高いのは履いた事はありません」
 そう言って向こうでの事情を説明した
「じゃあこのあたりはどう?」
 そう言って翠が手にとって見せたのはクロックスの女性用のサンダルで、色はこのメーカーにしては珍しい淡いピンクだった。サッと履けるので、慣れていないゆきにも簡単に扱えるだろうと思ったのだ。
「ゆきちゃんの足のサイズは幾つだったけ」
 幸子が先程測った時に書いたメモを見る
「二十二センチね」
「そうなのよね。私より小さくて羨ましい。私なんか二十四.五だから良いデザインが少ないのよね。あっても直ぐに売れちゃうし」
 翠は陸上をやっているので足が大きいのは寧ろ有利なのだがお洒落には都合が悪いみたいだ。
「履きやすそうですね」
 ゆきが感想を述べると幸子が
「じゃあ一応それで決まりね。後は……」
「お母さん。近いんだから気がつけば、また買いにくれば良いじゃない」
 翠がそう言って笑っている
「それもそうね。じゃ会計しましょう」
 カウンターで会計をする。カードで支払ったのだが、その様子もゆきには信じられない光景だった。
「今はお金でなくても買い物が出来るのですね」
 そう言って驚くと幸子が
「このカードを出してる会社。つまり大店ね。そこが一時建て替えて払ってくれるの。私達は後でゆっくりとその大店に返すのよ」
 そう説明をするとゆきが
「その大店は損をしないのですか?」
「その建て替えた大店は、私達が買ったお店から手数料を取るのよ。それに私達からも少ないけどカードの発行料を取るの。それでやって行ってるのよ」
 ゆきは、一度聴いただけでは完全には理解し難いが、店と買い物をする両者の間に立って、手数料を取って商ってるのだと思った。
「帰り道に百均があるから、そこでブラシや必要なものを買いましょう」
「あのブラシとは?」
「ああ、今で言う櫛の種類よ。ゆきちゃん人の櫛は使いたく無いでしょう? 女の子だものね」
 幸子の細かい所まで気を配ってくれている事にゆきは感謝するのだった。
 その百均でブラシや小物を買って家に帰って来た。荷物の整理をしていると、幸子の旦那である深山雄一が帰って来た。雄一は四十頃を思わせる容姿で細い縁のメガネを掛けている穏やかそうな男だった。
「おかえりなさい!」
 翠が玄関まで出迎えると居間に入って来た。幸子が夫の雄一にゆきを紹介する。
「急になんだけど、今日からホームステイをすることになった、篠山ゆきちゃんよ。本当は他の家にホームステイするはずだったのだけど、ご主人が入院しちゃったので急にウチに問い合わせがあってね。ほらウチは部屋だけは無駄に余ってるからOKしたのよ」
 そう説明をするとゆきは
「初めまして、篠山ゆきと申します。急なことで、さぞご迷惑かと思いますが、今日から暫くお世話になる事になりました。どうぞ宜しくお願い致します」
 そう言って畳の上に三つ指をついて頭を下げた。驚いたのは雄一で
「いや、ご丁寧な挨拶恐れ入ります。この家の主の深山雄一です」
 そう言って雄一も頭を下げた。
「食事にするでしょう?」
「ああ、そうだなお腹空いてるからな」
 そう言って夫婦は食卓向かった。幸子は翠に
「ゆきちゃんの部屋を案内してあげて」
 そう言いつけた。翠は高志を呼んで
「お兄ちゃんも来て! 荷物持って」
 言われた高志も実は先程からゆきと話すチャンスが無いので機会を伺っていたのだ。彼は彼なりに『ゆきちゃんを最初に見つけたのは自分なのだ』という思いもあるから尚更だった。
「ゆきちゃんの部屋は翠の部屋の隣だからね。八畳だからね」
 高志はそう言って廊下を歩いて行く
「ここが僕の部屋。こっちが翠で、その隣がゆきちゃんの部屋だよ」
 高志はそう言って襖を開けた
「この部屋は深山家の家族の方が使っていた部屋です。高志さんの部屋は少し大きいですよね。そこはご主人の私室でした。書物や調べものをなさっていました。翠さんの部屋は奥様の部屋で、私の部屋は……」
「誰の部屋だったの?」
 思わず翠が突っ込むとゆきは小さな声で
「宗十郎様がお使いでした」
 そう言って頬を染めたので翠が
「どうしたの?」
 と言ったのだが、高志はこの時「もしや」と思ったが口には出さず心の中だけに留めた。
「この部屋には古いけど、一応桐の箪笥があるから、それを使って」
 翠がゆきに箪笥のことを説明している脇を、高志は荷物を抱えて部屋に入って来た。
「ゆきちゃん。ここに置いておくからね。箪笥にしまってね」
 そう言うと高志は部屋を出て行こうとするので翠が
「お兄ちゃん何処行くの?」
「何処って、俺がここに居ちゃ不味いだろう。第一ゆきちゃんだって着替えられないだろうしさ」
 高志がそんな事を言うので翠は
「ゆきちゃん着替える?」
「ええ、まあ買って貰ったものを着て確かめたいです。お母さんも『合わなければ交換して貰えるから』と仰っていましたから、確認の為にも着てみたいのです。私は構いませんが高志さんが困るかなと」
 そこまで言われて翠は判ったみたいだ
「私って鈍い!」
 高志が自分の部屋に帰ると、ゆきは買って着た服を着てみた。下着の付けかたを翠に習い、ブラもパンツも履いて見た。
「体が締め付けられる感じです」
「すぐに慣れると思う」
「そうですか。初めてですから」
 そして、紺のシャツに翠のサテンフレアロングスカートを履いてみた。ちなみに足は素足のままだ。
「よく似合うわ! ゆきちゃん美人だから洋服も似合う!」
 翠がそう言って褒めると
「でも脚がこんなに出ていて恥ずかしいです。皆さんは平気なのですか?」
「まあ今では長い方だと思うけどね。お店にもっと短いスカートの娘が居たでしょう。ゆきちゃん驚いていたけど」
 ゆきは店で見たミニを履いた娘の事を思い出した。
「そうです! お尻が見えるほど短かったです。あの娘たちは商売人なんですか?」
「商売人?」
「ええ、春を売る人たちです」
 ゆきがそこまで言って翠は気がついた。
「いやいや多分、普通の家の娘だと思う。真夏ならもっと過激な格好してる娘も居るから。驚かないでね。それにして良く似合うわ。お兄ちゃんにも見せてあげよう」
 翠はそう言って高志の部屋から高志を連れて来た。
「どうお兄ちゃん」
 洋服を着たゆきを見て高志はため息をついて
「本当に綺麗だよ。よく似合う!」
 高志に褒められてゆきも満更でもなさそうだった。
 その後、ゆきは翠と一緒にお風呂に入り、シャワーの使い方を習ったのだった。
「今は本当に便利になりましたね。これなら毎日髪を洗えます。私の頃は中々洗えませんでした」
「へえ〜。じゃあどうしていたの」
「あの専用の櫛がありまして、それで髪を漉いていたのです」
「汚れなどを落としていたの?」
「そうです」
 そんなやり取りをして翠は昔は女にとって生き難そうだと思った。

 翌日、ゆきはせめて家の用事をすると申し出たので、幸子が洗濯機と掃除機の使い方を教えていた時だった。
「お邪魔するわよ」
 そう言って幸子に似た、歳の頃は七十を過ぎた年齢を思わせる女性が家に上がって来た。
「お母さん! どうしたの? ハワイのはずでしょう」
「詰まらないから途中で帰って来たのよ。ハワイって思ったより面白くなかったわ。やはり去年行った、ラスベガスの方が私には合ってると思ったわ。ところで、その娘ね雄一さんが電話で言っていたのは」
「雄一さんがお母さんに電話したの?」
「そうよ。昨夜帰って来たばかりの私に、今度家にホームステイの子が来たって。いきなりだから何か理由があるかも知れない。それに着ているものが、見たことがあるような感じだってね」
 幸子はまさか夫の雄一が自分を差し置いて、義母にあたる自分の母親に連絡をしているとは思わなかった。
「梅の柄の絣の着物を着ているのね。よく見せてくれる?」
「あの、この方は?」
 ゆきの質問に幸子は
「私の実の母よ。今はこの先のウチの地所に家を立てて暮らしているの」
「そうよ。私は嫁だからね。娘のあんたが家を継いだので、私達夫婦は家を出たのよ。親が居ちゃあ、やり難いでしょう」
 ゆきはそんな考えもあるのかと思った。
「幸子の母の陽子よ。宜しくね」
 そう言って自己紹介した。そして陽子はまじまじと着物を観察すると
「それはウチに奉公している者だけが着る着物ね。あなた、もしかして扉の向こうからやって来たの?」
 一発で見抜いてしまった。ゆきは幸子とこの人物が同じような感覚を持っていると思った。それは翠にも共通している。残念ながら高志からはそれは感じられなかった。
「お判りなのですね。正直に言います。わたしは明治の初年から来ました。お皿を扉の向こうに仕舞って出られなくなってしまったのです。そして高志さんに出会ったのです」
「そうなんだ。明治の初め頃というと、宗十郎さんが若い頃ね」
「はい、宗十郎様です」
「わたしの夫は宗十郎さんの孫なのよ。私も夫も会った事もないけど、夫の父親、私の姑ね。その人は宗十郎さんの息子だから色々な話を聞いているわ」
 陽子のその言葉を聞いてゆきは
「宗十郎様のご子息を知っているのですか!」
 驚くのだった。

彼女の秘密  第6話  ゆきの買い物

 近所のGUにゆきの洋服を買いに行くのだが、幸子は翠にメジャーを渡して
「ゆちゃんのサイズ測って行くから手伝って」
 そう言って、再びゆきに着物を脱ぐように促した
「あの襦袢もですか?」
「そうねえ。その方がちゃんと体に合ったのが買えるからね」
 幸子に促されて、襦袢を脱ぐと腰巻きだけとなった。
「わあ、ゆきちゃん胸結構あるんだ。着物の上からだと判らないわ」
 翠が驚くと幸子が
「帯の上に膨らみがあれば、胸のある子で、膨らんでいないで直線的なら無い子ね」
 そう言って解説をすると翠が
「なるほど、そうやって観察するんだ」
「じゃ測るわよ」
 そう言って幸子がゆきの胸にメジャーを添わせる。ゆきの背中では翠が位置を調整している。
「トップが八十八ね。アンダーが六十八かな。差が二十センチだからEカップね。E70って言うサイズね」
「さすがお母さん詳しい!」
 翠が驚くとゆきが
「それは何のサイズなのですか?」
 全く判ってない。
「ゆきゃんのブラジャーのサイズよ」
 翠がそう言うとゆきが
「ブラジャーって?」
 質問をするので今度は幸子が
「胸当てかな。女の人に大事な胸、つまり乳房を保護する下着。これを付けている事によって、ちゃんとした胸の発達が促されるのよ。それと下着を着ていれば洋服も綺麗に着られるの」
 ゆきは説明されて少しは判ったみたいだった。着物なら締めているのだが、襦袢姿になって帯を解くと、ゆきの場合、胸が大きいので不安定になることがあるからだ。
「今は、そんなものまであるのですね」
 その後、ヒップとウエストを測った
「ヒップが八十九でウエストが五十七センチ。細い! 羨ましい!」
 翠が驚くが
「まあ、私は陸上やってるから胸が大きいと邪魔なんだけど、ウエストは羨ましい! 帯で締めてるから細くなるのかな」
 そんなことを言ってるのが、ゆきは可笑しかった。
「身長は百五十六センチね。翠が百六十だから背は問題無いわね。それと、ゆきちゃんは履物が無いから私のお古の草履があるからそれを履いてね」
 幸子は玄関の片隅にしつらえられた下駄箱から赤い鼻緒の草履を出した。
「サイズは問題ないと思うわ。履いて見て。後で着るものと一緒にサンダルも買ってあげるから」
「わあ、綺麗な草履ですね。なんか勿体無いです」
「大丈夫よ」
 ゆきは草履の鼻緒に足の指を通した
「ぴったりです。凄く軽いです。まるで履いて無いみたいです」
「今のは表面は藁みたいだけど中身は軽い素材だから。じゃ行きましょう」
 ゆきは再び着物を着て、幸子や翠の後に続いて家の外に出た。もうすっかり陽が暮れて夜の帳が降りている。
 玄関を出るとゆきは振り返り
「夜でも街灯があって明るいのですね。昼みたいですね。こうやって見ると、家の様子は殆どそのままですね。でも庭は小さくなりました」
 そう呟くので翠は
「昔は庭が大きかったの?」
 そう尋ねるのでゆきは
「はいこの玄関から門までが庭園になっていまして、池もあり回遊式になっていました。その間を敷石が敷かれてしました」
 今は玄関を出るとすぐに門がある。戦後になりここに道路が通る事になり深山家は土地を寄付したのだ。だから今の深山家の門は近代的な鉄の門扉である。
「車出して来るから少し待っていてね」
「車?」
 首を傾げるゆきに翠が
「歩いて行くと少し時間が掛かるから車で行くのよ。そうするとすぐだから」
「大八車ですか?」
「え、何それ?」
 翠とゆきが噛み合わない会話をしていると車庫から幸子が車を出して来た。
「さあ乗りなさい」
 翠は後ろの席のドアを開けてゆきを座らせ、自分は助手席に乗り込んだ。後ろの席ではゆきが口を開けて驚いている。
「これが車ですか? 今は皆これに乗って移動するのですか?」
「まあ皆じゃないけど、買い物に行ったりすると荷物が多くなるからね」
 幸子の説明に納得したかは判らないが幸子は車を発車させた。門を出て道路に出る。ゆきは周りの景色に見とれていた。
「私の居た頃は田圃が広がっていたのですが、今は家ばかりですね」
「そうねえ。ここも一応東京だからね」
「そういえばこの前、江戸から東京に変わりました。今でもそのままなのですね。奉公人の間では言い難いと言われていました」
「そうかもね。私たちは生まれた時から東京だから何とも思わないけどね」
 そんな会話を交わしているうちに車はGUの駐車場に停まった。ここは以前はドラッグストアだったのだが統廃合で撤退した後にGUが入ったのだった。当初は親会社のユニクロが入るとの噂だったが実際は若者向けのGUだった。翠などにとってはGUの方が有り難い。自転車や歩いても行ける距離にあるのは助かるのだ。
 三人は車を降りる。翠がドアの開け閉めのやり方を教える。納得するゆき
「さ、行きましょう」
 幸子が先に立って店内に入って行く
「閉店までそう時間がある訳じゃないからさっさと済ませるわよ」
 そう言って下着売り場に向かって行く
「サイズとしてはこのあたりね。ゆきちゃんはそれが良い? 色は?」
 ゆきとしてみれば生まれて初めての女性用の下着だから判らない
「じゃあ無難な白にしましょうか、取り敢えず、着替えも必要だから三枚ずつね」
 翠が
「これが可愛くていいわ」
 そう言ってレースの模様があるデザインのものを選択しカゴに入れた。
「さて、ブラと下着は揃ったわ。次はスカートね。それに靴下も必要ね」
 幸子と翠はゆきの意見は無視して次々と服を選んで行く。スカートはサテンフレアロングスカートにした。色は緑と水色にした。その次にはブラウスだが店内で「紺シャツ」と呼ばれている紺色のシャツと同じ柄の白いシャツにした。変に可愛いものよりこの方がゆきには似合うと思ったからだ。無論、それぞれは試着して決めた。己の姿を鏡に写して見たゆきは
「まるで自分が今の人みたいです」
 そう言ってウットリしているが緑は
「帰ってお風呂に入ったら髪の毛もちゃんとしないとね」
 そう言って良く言えば「ポニーテール」普通に言えば単に髪を束ねただけのゆきの頭のことを言うのだった。
「たった百五十年前なのに格好だけでも変えるのは大変なのね」
 幸子はそう言ってこの国の変わり様に想いを馳せるのだった。

彼女の秘密  第5話 ゆき洋服を着ることになる

「さあご飯も炊けたし、お父さんは遅いから先に夕食にしましょう」
 母親の幸子がそう言って翠に食卓の用意をするようにうながした。当然、高志も手伝う。それを見てゆきも習う。
「一家の主が夕餉に居なくても構わないのですか?」
 ゆきは翠に聞かれないように小声で質問した。ゆきの疑問は尤もだろう。ゆきの居た時代は、まず一家の主が先で次が家族、そして最後が奉公人となっていたのが当たり前だったからだ。但しこの時代の深山家は奉公人は仕事優先の考えから家族や主とは別な部屋で食べていた。仕事の内容では早く食べて仕事に戻る必要のある場合もあり、そんな時に従来のやり方では食事にありつけなくなるからだった。深山家は代々がこの地域の長だったので効率を考えてそうなったのだ。
 そんなゆきの疑問に幸子は小声で
「あら、私がお爺さん。つまり宗十郎の息子ね。その人から直接聞いたけど奉公人は奉公人で別に自由に食べていたそうじゃない」
 そうゆきに逆に問いかけると
「そうなんですが、他の家では従来のやり方でしたので」
「今はそんな時代じゃないし、そもそもウチは深山よ」
「ああ、そうでした。でもご主人は一人で食べるのはかわいそうですね」
 ゆきがそう言うと幸子は
「大丈夫、私が付いてるから」
 そういってウインクした。ゆきはそれが何の意味かは良く判らなかったが、何となく納得した。
「今日の献立は何?」
 食卓の良い用意をした翠が台所に戻って来て質問した。幸子は
「今日は肉じゃがと鶏の唐揚よ。それにゆきちゃんが作ってくれたお味噌汁」
 食卓には大皿にレタスを敷いた鶏の唐揚が山と積まれていた。その横には大きな底の広い鉢に肉じゃががよそられていた。他には胡瓜と大根の糠漬けだった。
 各自の席には取皿と小鉢が置かれていた。ゆきはその光景を頭に刻む。彼女にとっては何でも初体験なのだ。
 ゆきが幸子の指導でそれぞれにご飯と味噌汁をよそう。そして
「いただきま〜す」
 の合図で軽く手を合わせてから食事が始まった。
「ゆきちゃんは『肉じゃが』は好き?」
 翠の質問にゆきは
「はい、好きです。これはじゃが芋ですよね」
 取り敢えず無難な返事をする
 食後になって幸子はゆきに
「じゃが芋のこと知っていたの?」
 そう尋ねると
「はい、昨年から宗十郎様が試験的に栽培してみようと言うことになり、深山家でも作ったのです。でもこれほど大きくはなりませんでした」
 そう言って明治の初期でもじゃが芋が栽培されつつあった事を話した。食事中でも
「じゃが芋に人参と玉ねぎ、そして牛肉を入れて煮たものよ」
 幸子が説明をすると
「牛の肉ですか!」
 そう言って驚いた。翠は少し変だとは思ったがビーガンの可能性も考えた。
「ゆきちゃんは肉は苦手?」
 翠が突っ込むと
「いえ、食べてる人もいました。でも私は初めてです」
 やっぱりビーガンなのかも知れないと思った。
「食べてみたら?」
 幸子に進められて口に入れたのだった。
「どう?」
 家族三人が見守る中ゆきは
「美味しいです! これは美味しいです!」
 そう言って目をパチクリさせた。
「肉も美味しいですが、じゃが芋が堪らないです。それに複雑な味がします。肉の旨味に鰹の風味やネギの甘みもします。これは?」
 ゆきは玉ねぎを知らない。日本で栽培が始まったのは明治四年だからだ。バレると困るので、幸子が食後にゆきに、こっそりと説明をした。
「これは玉ねぎと言って普通の長ネギの親戚なのよ。生の時は辛いけど火を加えるとその辛味が甘みになるの。同じネギだからそこは同じなのよ」
 それを聴いてゆきは感心をするのだった。
 その後、翠が幸子に
「ねえ。今朝はウチにホームステイの人が来るなんて言ってなかったじゃない。どうして急に決まったの?」
 そんな質問をする
「別に怒ってる訳じゃないけど、決まっていたなら知っていたかったな。だって楽しみじゃない」
 幸子は翠のことだから、そこを疑問視するだろうとは思っていた。
「それはね、今朝あなた達が学校に行ってから友達から電話があったのよ」
「なんて?」
「元々ホームステイを受け入れる事になっていたのだけど、旦那さんが倒れたので受け入れられなくなったって。それが倒れたのが昨夜遅くだったそうよ。だから今更ホームステイの協会に連絡して変更なんて出来ないし、どぅしようと思ったら、ウチが思い浮かんだそうよ。ウチは使っていない部屋が沢山あるから、ウチなら置いてくれるかもと思い連絡したんだって」
「それでOkしたんだ」
「そうよ。そうしたらこんなにカワイイ子が来たと言う訳」
「そうか、そりゃ大変だものね。確かにウチは部屋だけは無駄に余ってるからね」
 そう言って翠は夕食の片付けを終えるとゆきに
「ねえ、用事が終わったら私の部屋に来て!」
 そう言うのだった。
 その後片付けが終わるとゆきは高志に教えられて翠の部屋に赴いた。高志が
「この家は基本的に昔のままだから、ゆきちゃんでも戸惑うことは無いと思うよ」
 そう言われて家の中を観察すると、壁紙や襖の模様や畳の部屋が板の間になっていたりと、少し変わってはいるものの基本的な間取りは同じだった。ゆきは、そこにも不思議さを感じた。自分の居た頃より遥かに先の年代なのに、同じ家がそのまま使われている事が不思議に感じたのだった。
 ゆきは翠に言われた通りに翠の部屋を訪れた
「ごめんください}
「あ、入って!」
 翠に言われた通りに部屋に入る。翠の部屋は八畳ほどの広さで板張りである。そこに机とベッドがある。尤もゆきはベッドを見るのは初めてだった。翠は椅子を出すとゆきに進めた
「ありがとうございます!」
 そう言ってゆきが腰掛けると翠は傍まで寄って来て
「ねえ、ゆきちゃん。私には本当の事言って!」
「本当の事?」
「そう、まさかお母さんが言ったホームステイの事だけど、あれは私でも信じられないわ。ゆきちゃんはもしかして過去から来たんじゃ無いの。あの納戸の開かずの扉から来たんじゃ無いの?」
 お見通しだとゆきは思った。バレているなら仕方ないと考えた
「誰にも秘密にして貰えますか?」
「それはもう!」
「実はそうなんです。明治初年から来ちゃったんです」
 そう言って今までの経過を説明した。
「そうか。そうだったんだ。それは大変だったわね。私もゆきちゃんを歓迎するわ。でもさっき言った、お姉さんが欲しかったというのは本当の事なのよ。だからこれから宜しくね」
 翠がそう言って手を出すとゆきは戸惑った
「この手は? 握るんですか?」
「ああ、そうか握手は無かったんだ。今はね仲良くする時に手と手を握り合うのよ。これを『握手』と言うのよ」
「握手ですか。覚えます!」
 そして翠はゆきを呼んだ本当の用事を言った
「ゆきちゃんは今は着物だけど、今の時代は余り着物を着ないのよね。洋服を着てるの。だからゆきちゃんも外に出かける時は洋服の方が良いと思うんだ」
「洋服ですか。私着たこと無いんです」
「私のお古だけど、綺麗なのがあるから取り敢えずどうかなと思ってね」
 翠はそう言って、自分のタンスからアイボリーのワンピースと水色のブラウスに紺のスカートを出した。
「どうこれ、私が一二回着たものだけど、ちゃんとクリーニングじゃない洗濯してあるから」
 ゆきは自分がこの洋服を着た姿を想像して目が回る感じがした。
「ちょっと着てみて。手伝ってあげる」
 翠にそう言われて、ゆきは帯を解いて襦袢姿になった。
「それも脱がないと」
「でもこれ脱ぐと腰巻きだけになります」
 ここに来て翠はゆきには下着も必要なのだと思った。そこにいきなり母親の幸子が
「やれやれ、まだ時間が早いから私と一緒に買いに行きましょう。取り敢えず着替えは必要だわ」
「お母さん! 聴いていたの!」
「声が聞こえるわよ。アンタがあんな説明で信じるとは考えていなかったし、ゆきちゃんの食事の態度が、余りにも驚きの連続だったから、信用してないとは思っていたのよ。さ、買いに行くわよ」
「何処に行くの?」
「近所のGUよ。あそこなら若い子の着るものなら下着から全部揃うからね」
「私も一緒に行く! ゆきちゃんに選んであげる」
 その言葉にゆきは着物を着なおして三人で一緒に出かけるのだった。
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